32 / 125
第一章
31 解ける
しおりを挟む「…皇宮へ…戻る…?」
目覚めて一番に聞いたその言葉にアマリールは固まった。
「どうしたリル?」
「いえ…あの…」
つい先日までもう皇宮に戻る事はないだろうと思っていた。それはもちろん皇宮でのルーベルとローザの噂を真実だと思っていたから。
(今のルーはローザ様とどういう関係なのだろう…。)
気になるけど聞けない…聞きたくない。
「その喋り方はやめろ。」
ルーは“皇宮”と聞いてついかしこまってしまった私の喋り方が気に入らなかったようだ。
「ごめんなさい…。」
「…どうしたんだ?戻りたくないのか?」
戻りたくない訳じゃない。けれど今の皇宮に私の戻れる場所などあるのだろうか。
宮勤めの侍女でさえルーとローザ様の関係を噂していたくらいだ。今頃は更に尾ひれが付いて広まっている事だろう。
「…私はどこに戻ればいいの…?」
ここが彼の腕の中で良かった。今の自分はきっとひどく情けない顔をしているだろうから。
アマリールが恐る恐る尋ねると、ルーベルは眉間に皺を寄せた。
「“どこに”とはどういう意味だ?」
どういう意味かと言われても、皇宮の…あなたの部屋にはローザ様がいるんでしょう?だから私を離宮にやったんじゃ…でもそんな事言えなかった。
ルーベルは不機嫌そうにアマリールの返答を待っていたが、いつまで経っても帰ってこない答えに痺れを切らし、とうとう口を開いた。
「…またか…。」
「…また…?」
彼は何が言いたいのだろう。予想もしなかった溜め息混じりの“またか”に思わずアマリールは上を向いた。
すぐ目の前にはしかめっ面のルーベル。アマリールは更に困惑した。
「…また気に入らなかったのか…!」
「“また”って…一体何の事を言ってるのルー?」
「またあの宮が気に入らなかったのかと言っている!」
「えっ!?」
(宮?宮って皇太子宮の事?)
「お前…アレを建て直すのにいくらかかったと思ってる!?また俺に散財させる気か!?」
(…もしかしてルー…私が皇太子宮が気に入らないから帰るのを渋ってるとでも思っているの?)
とんだ見当違いだったがルーベルは大真面目だ。それもこれもすべては皇太子宮の改築当時に遡る。
改築の費用を皇家から支出するとなるとそれなりに口も出されてしまう。実際ルーベルがアマリールを妃に迎える準備を始めたと感付いた父は親心なのだろう、新たな門出にとド派手な黄金の獅子の像を置こうとした。そして母親はと言うとこれまた父に続けとばかりに意味のない噴水を作ろうとしたり、豪華さ優先の壁や柱にしろとあれこれ口を出してきた。このまま大人しく年配者の意見を取り入れた日にはあのアマリールの事だ。間違いなく厠の二の舞になる。
だからルーベルはアマリールのためだけの、アマリールが気に入ってくれそうな宮をと必死に考え、自身の懐から巨額の出費をして建て直したのだ。
それほど思い入れのある宮なのに、またアマリールが気に入らなかったのだと勘違いしたルーベルは内心穏やかでない…どころか憤慨も憤慨、大憤慨中だ。
「ル、ルー!違うの!あのね…!「わかった……」
「え!?」
蘇る死者の如く恐ろしい形相で顔を上げたルーベル。アマリールは比喩でなく凍り付いた。
(い、今“わかった”って言った?何が?)
「…もう一度建て直す…」
「は!?」
「聞こえなかったのか?もう一度建て直すと言ったんだ!!」
「た、建て直す!?」
「今度はお前が決めろ。内装もすべてお前の好みにしていい。…俺が勝手に建てた宮だ…気に入らないのも仕方ない。」
最後の方は何だか力がなかった。憤慨したのと同じくらい、相当落ち込んでいるようだ。
「違うのルー!皇太子宮には何の不満も無いわ!昔厠と間違えてしまった事は本当にごめんね。でも今はそんな事思ってないから!」
「………。」
しかしルーベルは恨めしそうな目でこちらを見るばかりで何も言ってくれない。
(こ、これは相当根に持ってるのね…全部私のせいだから仕方ないけど…!!)
「…違うのルー。あのね…とても聞きづらくて言えなかったの…。ルーが私を離宮へやった理由は…ルーの側にローザ様がいるからじゃないの…?」
「ローザ?何でローザが関係あるんだ?…そう言えば父上もそんな事を言ってたな…。ローザが何だって言うんだ?」
「な、何だって言われても…その…ローザ様の事をルーが召し上げたって侍女が噂してたわ。私とローザ様、どっちが皇后になるのかとか…それを聞いて私…ルーは私が邪魔になって離宮へ行かせたんだとばかり思ってた…。」
「はぁ!?俺がローザを召し上げた!?何だその噂は!」
「だ、だってルーはローザ様を自分のお部屋に閉じ込めて出さなくしちゃったんでしょ?」
「確かに部屋には閉じ込めた。お前を貶めようと妙な動きを見せていたからな…だが俺の部屋じゃない。俺の執務室の隣の休憩室だ。」
「隣の休憩室!?でもそれで皇太子宮にも帰って来なくなって…」
「それはお前が…!」
「私が何?」
ローザの口からアマリールとハニエルの関係について聞いてしまったから、ショックで会いに行けなくなったとは情けなさ過ぎてさすがのルーベルも言えなかった。
「…リル、ローザの事はまったくのデマだ。ローザは昔からお前の事を目の敵にしていただろう?最近は特に…。だからお前に手出し出来ないようにしていただけなんだ。誤解させたならすまない。」
誤解…本当に?本当にそうなの?
「じゃあ…じゃあルーはローザ様とは何でもないの?だってローザ様はルーの事を…」
「俺の事を何だ?」
知らないの…?ローザ様の気持ちを…。そしてあなたもローザ様を女性としては見ていないの…?
「…あれの性格が歪んだのは俺の姉達のせいでもある。だから時々目を掛けるようにしていたんだ…。確かにそれを少し勘違いしているようなところがあったとは思うが、俺とあいつの間には何もない。あいつ、お前にも嫌な思いをさせただろう?悪かったな…。だがあいつは早目にアーセルへ嫁がせる。だからもう何も心配するな。」
「…ルー……!!」
その言葉を聞いた瞬間アマリールはルーベルの胸にしがみついてわんわんと声を上げて泣き出した。
この人は…ルーは私の身に起こっていた事をすべてわかってくれていた。すべてを見ていてくれたんだ。そしてローザ様の人間性も正しく見抜き、私から遠ざけてくれた。
その気持ちがたまらなく嬉しかった。自分には一生手に入れられないのだと諦めていた真実の愛と信頼を、愛しいこの人が私にくれようとしている事が。
「どうしたリル!?」
ルーベルは何故アマリールが泣いているのかわからず困惑した。けれど何故だがこの涙は悪いものではないような気がして、何も言わずアマリールを優しく自分の胸にしまい込んだ。
そしてアマリールはルーベルの腕の中、これまで抱えてきた胸のつかえがすべてとれるまで、子供のようにただ泣き続けたのだった…。
53
あなたにおすすめの小説
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる