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第一章
42 歓びに震えて
しおりを挟む(さすがエレンディールの皇宮は凄いな…)
ロウ公爵ことアレクサンドル・ド・ロウは、エレンディール帝国の力の象徴とも言えるこの皇宮とその庭園の素晴らしさに素直に感心していた。
公爵という身分ではあるものの、アレクサンドルが生まれた頃、まだ発展途上であったアーセルは貧しい国だった。日々の糧に困る領民を、私財を投げ売ってまで救ってきた両親の元で育った彼の性根は、非常に真っ直ぐで純粋であった。
今回エレンディールからローザとの結婚の打診が来た時も、相手が皇籍は賜ったものの皇帝とは血の繋がりのない皇女という話を聞き、同情する気持ちが湧いたのだ。
自分と同じく苦労してきたに違いない。しかし血の繋がりが無いのに皇籍を賜るくらいだ。きっと皇女を名乗るに相応しい品格を備えた素晴らしい人なのだろう。
そう考えたアレクサンドルは、両国の友好と発展という面からも、これは良いご縁だと思い承諾したのだ。
(とても美しい人だと聞いている。不謹慎だが少し楽しみだ。)
まだ見ぬ婚約者をあれこれと想像しながら、アレクサンドルは庭園を歩いた。
***
一方ローザの部屋までの激走により膝がカクカクいってるゲイルは、見張りの者達から衝撃的な話を聞いていた。
「見張りの中に内通者がいた!?」
「…はい。」
話はこうだ。
ローザの部屋の前には三名の見張りが付いていた。そのうちの一人が静まり返った部屋を不審に思い、中を確認したのだそう。
『さっきまであんなに暴れてたのに、気味悪くないか?まさか自死なんて事……!』
そう言って男は、部屋の中へ入って行った。すると……
『おい!!皇女様がいないぞ!!』
慌てた残りの二人も急いで部屋の中を見たがもぬけの殻。
『俺は何か痕跡が無いか捜す!お前達は外を捜してきてくれ!』
「……で、戻ってきたらその男は消えていたと?」
見張りの二人は気まずそうに顔を見合わせた後、下を向いた。
おかしい…見張りに選んだ三人はローザとの接点などない忠実な者のはず……。
その時、二人のうちの一人がおずおずと口を開いた。
「あの…レンがクビになったって本当ですか?」
「レンがクビ?何の話だ?」
レンとはこの見張りに選んだ内の一人だ。そういえば姿がない。では内通者はレン?
しかし見張りの男の口からは信じられない言葉が飛び出した。
「えっ!?あ、あの…今朝見た事のない男が来て、レンがゲイル様の不興を買ってクビになったって……」
「何!?」
「それでその男が新しく配置されたって言うんで俺達……」
「どんな奴だ!?」
「えっと…栗毛で、目が少し吊り上がってて…あ!あと右目に涙ボクロがありました!!」
栗毛で目が吊り上がってて涙ボクロ………!
「確かフェラー子爵家の息子でそんなのがいたな……!」
夜会でローザの取り巻き達と共に輪の中にいるのを見た事がある。皇女宮の近くをうろついているところも……
「お前達!今すぐエクセルの所へ行ってこの事を伝えてくれ!捜索の手伝いをするようにとな!!」
「はっ、はいっっ!!」
「あの女……!!絶対に逃さんぞ……!!!」
***
「失礼。どちらへ行かれます?」
急に呼び止められたアレクサンドルは面食らった。
今自分に声を掛けた青年は明らかに衛兵では無い。徽章の階級は近衛騎士。
(何故庭園に近衛騎士が?)
疑問に思ったものの相手も引きそうにないと感じたアレクサンドルは、素直に質問に答える事にした。
「私はアレクサンドル・ド・ロウと申します。本日は皇女殿下との顔合わせに参りました。」
すると騎士は慌てて頭を下げ礼を取った。アレクサンドルの顔は知らずとも、今日顔合わせが行われるという話は聞いていたのだろう。
少々無礼な態度でも無理はない。隣国の公爵がこんなところを一人ウロウロするなどというのがありえない話なのだから。
「大変失礼をいたしました!」
「いや、こちらこそ道もわからず花に誘われるまま歩いて来てしまって…。ですから気にしていませんよ。ここは立入禁止でしたか?」
「いえ…ただもう少し先になりますと高貴な方々のお住まいになりますので……。」
高貴な方々…。おそらく皇帝陛下やその妃、そして子供達の住む宮があるのだろう。なるほどそれで近衛騎士が……。
「わかりました。ではここら辺で引き返すとしましょう。……最後にここの薔薇を見て行っても?」
「ええ、こちらでしたら問題ございません。もし帰り道がわからないようでしたら、私はここにおりますのでいつでもお声掛け下さい。」
「わかりました。お気遣いありがとう。」
別に特別薔薇が好きな訳では無いのだが、こんなにたくさんの色と種類が植えられているのは珍しい。
(特にこの小さい薔薇。すごい数だ。)
一株にたくさんの蕾をつける小さな薔薇が、まるで苺畑のように広がっている。
「ごめんね。少しだけ切らせてね。」
(……誰だ……?)
少し先の茂みから声が聞こえた。
「ふふ、苺みたいで美味しそう。」
まるで鈴の鳴るような声に誘われてアレクサンドルは歩いた。この先はいけないと言われていたのに。
足音をさせないよう声のする方へ近付くと、そこには小さな赤い薔薇に話し掛けながらあどけなく微笑む美しい女性がいた。
日の光を受けて輝く長く豊かな金色の髪。
その瞳の色は…
(……菫色!?……何て…何て美しいんだ……)
菫色の瞳なんて見たのは生まれてはじめての事だった。アレクサンドルは薄く透き通る青紫の瞳から目が離せなくなり、ただ黙ってその場に立ち尽くした。
【もう少し先になりますと高貴な方々のお住まいになりますので……。】
ここに入れるのは皇族とその使用人だけ。彼女の身なりは決して使用人のそれではない。
そしてエレンディールの皇女は皆隣国へ嫁いでいて今は一人しかいない。庭園に行ったという彼女しか……。
(……間違い無い……彼女が私の………!!)
何て…何て幸福だろう。
アレクサンドルの胸は激しく震えた。
こんなに美しく可憐な人が自分の妻となるのだ。高貴な身分にも関わらずこんな小さな薔薇に鋏を入れる事を謝るような心優しい人が……。
「まあ!どこに行かれたかと思ったら、こんなところにいらっしゃったんですか!?」
「そんなに急いでどうしたのタミヤ?」
(何だ?あれは彼女の侍女か?)
「どうかお急ぎ下さいませ!ロウ公爵は既に到着されているそうですよ!早くお支度をしませんと……!!」
「ええっ!?」
手に持った鋏と小さな薔薇の束を手に抱え彼女は小走りで侍女がやって来た方角へと戻って行く。
アレクサンドルはその後ろ姿を見送りながら、湧き上がる喜びを抑えるのに必死だった。
(私に会うためにあんなに慌てて……何て可愛らしい人だ……)
そして彼もまた、来た道を戻って行ったのだった。
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