侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第二章

38 言葉は大事

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 この皇太子様は他人をよく睨むくせに自分が睨まれるとそっぽを向くらしい。
 “支度はいらない”
 それだけ言うと殿下は有無を言わさず私を馬車に乗せた。涙目で手を振るお父様はまるで大切にしていた子牛を市場へと売る人みたいだった。
 しかしこのまま皇宮に着くまで大人しくしている訳にはいかない。

 「殿下。」

 私はいつまでたってもこちらを見ようとしない殿下を呼んだ。

 「なんだ」

 しかしやはり殿下は窓の外を見たままこちらを向かない。
 (くっそぉぉぉぉぉおう……!!)
 あなたのせいでどれだけ悩んだと思ってるのよ。こっちは人生三度目の崖っぷちだって言うのに……もう頭にきたわ!!

 「なっ!?いてててて!!」

 怒りに燃えた私は立ち上がり殿下の頬を両側から掴んでやった。かなり痛がっているがこの際関係ない。

 「私の質問に何で答えてくれないんです!?殿下は私がどれだけ悩んでるかなんてどうでもいいんですね!!やっぱり私がクローネ侯爵家の娘だから婚約するって事ですよね!?」

 一気に捲し立てたから息が切れる。
 でも言いたい事は言ってやった。これでも何も言わないのなら諦めるしかない。
 (あぁ……でもあと一言だけ……)

 「……“リル”じゃなくても側にいていいって言ってくれたから……だから言って欲しかったのです……。私と……アマリールと婚約したいんだと。」

 そして皆の前で否定して欲しかった。ずっと私を卑屈にさせてきた“クローネ侯爵の財力”という言葉は殿下の前ではなんの意味も無いのだと知らしめて欲しかった。

 「そうじゃないとずっと言われ続ける……お前がクローネ侯爵の娘だからって……。だから、殿下が私と心から婚約したいと思っていないのなら、私は嫌です。だって……だって……」

 この先は言えない。
 大切な人を信じること。そして愛し合い、何でも話し合える仲がどんなものなのかを教えてくれたのは、他の誰でもないもう一つの未来でのあなただ。私は今目の前にいるあなたともそうなりたい。それはやはり無理な事なのだろうか。急ぎ過ぎているだろうか。

 「離せ」

 頬を掴んだままだったのをすっかり忘れていた。

 「……すみません……。」

 興奮から一転冷静になった頭で謝る。
 掴んだ頬が赤くなっていて、少しだけ罪悪感を感じた私は小さな手でさすさすと擦ってあげた。

 「……言葉に何の意味がある……」

 「え……?」

 「お前は口だけの男が好きなのか?」

 「……そんな事はありません……。でも大切な事は口に出さなければ伝わりません。」

 「出しただろう。ちゃんと父上達の前で。」

 何をよ。全然わからないわ。
 殿下が私に言ったのは事後承諾的な“婚約するぞ”と“来週から皇宮に住め”しかない。

 「それの何が悪い。」

 「何が悪いかと聞かれますと、何もかもが悪いです。」

 殿下は呆れたように溜め息をついたあと言った。

 「婚約するのはお前と結婚する気があるから婚約するんだ。それに皇宮に住めと言ったのはお前を厄介事から遠ざけてやるためだ。皇后である母上と第一皇女である姉上が、立場的に格下であるお前の茶会を助ける立場になるというのがどんな意味かわかってるか?お前が将来皇太子妃、そして皇后になる人間だと言う事を周囲に知らしめているんだ。」

 「殿下……」

 「お前は軽々しく好きだの何だの口にするような奴でなければ信頼出来ないのか?男なら口より先に誠意ある行動だろうが!」

 今度は殿下の鼻息が荒くなってきた。
 
 「あんな人前で俺にお前が聞きたい言葉を言わせれば満足か!?お前がいいと、婚約したいと?それはもう雨の中わざわざ会いに行って話しただろうが!!」

 「……話してません。一生側にいたいといったのは私だけです……。」

 くだらないけど大事な事だ。だって婚約するのはリルじゃない。アマリールなのだから。

 「きっといつの日か私達に心ない話を吹き込む輩が現れます。そんな時私は殿下と素直に言葉を交わせないような仲ではいたくありません。例え誰に何を言われても私は殿下の言葉だけを信じる。だからこそ会話する事は必要なのです。」

 行動はもちろん大切だ。
 けれど言葉を交わす事は時にそれ以上に大切な事だ。行動だけなら誤解されてしまう事もある。けれどそこに言葉が加われば人の心を潤しながら事を進められるから。
 
 「だからちゃんと言って下さい。皆の前で言いたくないのなら、私にだけ教えて下さい。」

 すると殿下は私の腰に手を回した。
 背の小さな私は馬車の中で立っていても頭がつかない。そんな私を殿下が座りながら抱き寄せると、顔と顔がちょうど隣合わせになる。

 「お前は本当にわがままな奴だ……俺を誰だと思ってる?」

 「……わがままな人だと思っています。」

 「……いい加減にしろよ。俺はわがままなんじゃない。皇太子様なんだ。皇太子とはそういうものなんだ。」

 何なのその訳のわからない理屈は。
 
 「いいか……二度と言わないからよく聞いておけ……」
 「二度と言わないなら聞きません」

 「おい!!」

 間髪いれずに答えるとまたカッカし出した。
 言葉は大事だと言った側からそんな事言う方が悪いのだ。

 「殿下は私の事が好きですか?」

 大事な事はもうそれだけだ。
 しかし待てども待てども答えは返って来ない。
 (……本当に駄目な人だわ……)
 きっと“リル”には素直に何でも話したのだろうに、どうしてアマリールには駄目なのだろう……。
 
 「……なら言葉はもういいです。じゃあもう一度言いますね。殿下、私の事が好きだ可愛い婚約したいと思っているのなら、どうか首を縦に振って下さい。」

 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………。
 駄目だ……。もう諦めよう。
 こうやって抱き締めてくれただけでも満足しよう。
 
 「殿下……え!?」

 諦めて離れようとしたその時だった。
 小さく。本当に小さくてわかりづらかったけど殿下が首を縦に振った。

 「え!?殿下!?え!?」

 「……うるさい……」

 これって、これってそういう事よね!?
 えっ!?そういう事!?

 「殿下!!」

 何だかすごく嬉しくて、殿下を思いっきり抱き締めた。
  
 「……苦しい……」

 嘘つき。今の私の力じゃ苦しくなるほど抱き締めてなんかあげられないわ。 

 「殿下……大好き……!」


 この人がルーだから、殿下だからじゃない。今目の前にいるルーベルという人をとても可愛いと、大好きだと思った。

 

 
 
 

 

 
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