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第三章
13 救いの手
しおりを挟む第三皇妃シェリダンとその娘ローザが皇宮で暮らし始めてから一月が経つ頃、アマリールは思わず目を背けたくなるような光景をよく見かけるようになった。
「きゃっ!!」
「あら、あんまりみすぼらしいから誰かわからなかったわ。」
わざとぶつかるようにして転ばせたローザを馬鹿にするように笑っているのは、第二皇妃トリシアの長女ジュディットだ。
母親が皇妃になったとはいえ皇帝と血の繋がらないローザは未だ皇女の称号も与えられていない。皇宮内でのローザの立場はとても低かった。
「ほら!早くどきなさいよ!」
後ろに控えていたジュディットの侍女までうずくまるローザを嗤いながら見ている。
たまたま通りがかりその様子を見てしまったアマリールは、泣きながらうずくまるローザの姿に心が痛んだ。
ローザがシェリダンと共に入宮してからというものアマリールはその様子をずっと観察していた。
この生に戻る前ルーベルが言った言葉が頭の中に強く残っていたからだ。
『…あれの性格が歪んだのは俺の姉達のせいでもある。だから時々目を掛けるようにしていたんだ…。』
そう。彼女だって元々はあんな性格ではなかったはず。アマリールはローザという女性を自分の目で見て確かめたかった。そしてもし出来る事ならば彼女が歪む前に止めたいとそう思ったのだ。
だが目の前で行われている陰湿な行為を止める権利が自分にはない。いくらルーベルの婚約者だとはいえ、ジュディットは皇女でアヴァロンの実の娘。立場は向こうの方が上なのだ。
「ほんとに愚図ね。さ、行きましょ。」
メソメソと泣くだけのローザに飽きたのかジュディットはそう言い残すと去っていった。
残されたローザはまだ床にうずくまったまま顔を隠すようにして泣いている。
アマリールは周りに誰もいない事を素早く確認するとローザに近寄った。
「大丈夫ですか?」
頭上から突然降ってきた声に一瞬肩を震わせた後、ローザは恐る恐る顔を上げた。
しかしアマリールの顔を見てその表情が凍り付いた。
無理もない。皇族は彼女にとっては自分を虐げる敵。皇太子の婚約者であるアマリールとて例外ではないと思っているのだろう。
しかしアマリールはハンカチをローザに差し出して言った。
「そんなに泣いてはお顔が溶けてしまいますわ。」
自分をいたわるようなその声音にローザは驚いた。
目の前にいる少し年上のお姉さんは、自分に向かって優しく微笑んでいる。
いつまでたってもぼうっと自分を見つめたままハンカチを受け取らないローザ。アマリールは仕方なくローザの濡れた頬と汚れた手を優しく拭いてやった。
真っ白な生地に美しい花の刺繍がされたハンカチは、涙と土埃であっという間に黒く汚れてしまった。
ローザはそれに気付きハッとした様な顔をしたが、アマリールは何でもない事のようにそのハンカチをしまい、ローザに向かって手を差し出したのだ。
「さあ参りましょうか。ローザ様の宮までお送りします。」
ローザは眉を八の字にしたままどうするべきなのか迷っていたようだったが、やがて小さな手をアマリールに向かって伸ばしたのだ。
柔らかく温かいその手に触れた瞬間アマリールは微笑んだ。
「ふふ、あったかい。」
ローザはその美しい笑顔に吸い込まれそうになった。
(……なんて優しくて……綺麗な人なの……)
大嫌いな皇宮で初めて自分に優しくしてくれた人。しかもこの人は皇族の……皇太子の婚約者だ。それなのに……。
ローザはアマリールの手をしっかりと握り締め、遅れてしまわないように一生懸命歩いた。
そしてアマリールはその時少しの違和感を感じていた。
(あれ……?……いつだったか同じような事がなかったかしら……?)
しかしアマリールはその事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
同じように自分が差し出した手を取り、その優しさに狂ってしまった少年の事を……
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