侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第三章

25 刺繍

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 昼下がり、ソファーに座って本を読んでいたアマリールの元へ、ルーベルが突然現れた。
 それも、驚くような知らせを持って。

 「アドラーが鉱山を落としたそうだ」

 「本当ですか!?」

 「ああ、今ローランの城で抵抗する者達と交戦中だそうだが、じきに決着がつくだろう」

 いつもなら執務中の時間だが、わざわざ自ら来てくれたのは、アドラーを戦いに赴かせたことに未だ拭い切れぬ罪悪感を抱くアマリールを安心させるためだろう。
 ルーベルはそう言うなりアマリールの隣にドサッと腰を下ろした。

 「良かった……!クロエ様はこのことを?」

 「ああ、姉上のところにもさっき知らせをやった」

 アドラー公子率いる第一騎士団が、ローランへと向かってから半月が経つ。いや、だ。
 移動の時間も考えると、信じられない速さで決着がついたという事になる。

 「父上も大喜びだ。……それなら最初からそうすれば良かったんだがな」

 口では何だかんだと言ってはいるが、ルーベルの表情はとても晴れやかだ。

 「あの……アーデン卿の様子は?」

 クロエの縁談の窓口であり、自身の妻もローラン出身だというアーデン伯爵。
 きっと今回の事で彼の面子は丸潰れだろう。
 しばらくは社交界にも顔を出しづらい状況になるはずだ。

 「……ああ、だが父上もそう悪いようにはしないさ。これからローランはエレンディールの支配を受ける事にはなるが、関係が終わる訳ではないからな」

 なるべく無益な血は流さないという事だった。無条件降伏をするのなら、おそらく王家の人間もそれほど酷い扱いは受けないだろう。

 「仕掛けた手前、周辺国の反発は避けられない。王族だけでなく国民の扱いも慎重に考えないとな」

 なるべく遺恨を残さぬよう心を砕いているのだろう。アマリールは、そんなルーベルを心から誇りに思う。

 「殿下も……お疲れ様でした」
 
 きっと、水面下で必死に動いてくれていたのだろう。そうでなければ出征、進軍共にこんなに事が早く進むなんてあり得ない。
 (いつもそうだわ)
 結果は伝えてくれるけど、そこに至るまでの苦労や努力は決して口にしない。
 誰かに気付いて貰いたいなんて、彼は微塵も頭にないのだろうが、アマリールはなるべくそれに気付き、労いの言葉を掛けてやりたいといつも思っている。
 どんな時でも一人だと思って欲しくないから。いつもあなたを見て想っている人間がここにいると感じていて欲しいから。
 しかし、ルーベルは何やら考え事をしている。

 「殿下?」

 「アドラーが帰ってきたら大変な事になるぞ」

 「大変な事?ああ……凱旋パレードや褒賞の授与式など、それは忙しくなりますね」

 真面目な顔で答えるアマリールに、ルーベルは“違う”と言って、なんだか含みのある笑いをよこす。

 「姉上の宮はそう遠くない。だからしばらく俺と共に居を移すかアマリール?」

 「??」

 ルーベルが何を言っているのかわからず、アマリールは首を傾げるが、その理由はすぐ判明した。

 「毎朝昼晩、声が凄いだろうからな」

 「!!」

 それはアレですね。アドラー公子が本命意外で磨きに磨いたあんな事やそんな事ですね。
 しかし淑女のクロエならきっと声も抑えるだろう。
 (いや……でも……)
 実際アドラーの絶技を目の当たりにした事のあるアマリールは、自信をもって“大丈夫だろう”とは言えなかった。

 「う……それは、一晩様子を見てからにしましょう」

 気まずそうなアマリールに、ルーベルは久しぶりに口を開けて笑ったのだった。


 **


 「困りますね皇妃様……これはどういう事なのですか?」

 「わたくしは、やれる事はやりましたわ!陛下だってクロエ殿下をローランにやる事に賛成だったでしょう!?これ以上どうしろと?」

 第三皇妃シェリダンの私室を内密に訪問したアーデン伯爵は、怒りを押し込めたような笑顔を彼女に向けていた。
 
 「今回の事で、我が一門は政治の中枢から追いやられるかも知れぬ危機だ。しかも第一騎士団が次期皇太子妃に忠誠を誓うなどと……そんな事あってはならないのですよ」

 何のために、この顔と身体で男を籠絡するしか脳のない女に、手間と金をかけて磨きをかけ、皇妃にまで押し上げてやったと思っているのか。
 すべてはあの女好きの皇帝を誑し込み、誤った道を辿らせるためだというのに。

 「それと……妙な噂を耳にしましたよ」

 「妙な噂?一体なんですの?」

 「あなたの娘……ローザ様が皇太子の婚約者の宮に入り浸っているとか。……まさか、母娘揃って皇帝派に寝返るつもりじゃないでしょうね?」

 「そんな!ロ、ローザがそんな事をしているなんてまったく知りませんでしたわ!あの子には、わたくしの方からしっかり言い聞かせておきますから!」

 「いえ、寝返る気がないと言うのなら構いません。それはそれで放って置きなさい」

 「え?」

 「……ローザ様もそのうちに使える駒となる。それまでせいぜい、仲良くしておいて貰いましょう」

 アーデン伯爵は薄気味悪い笑みを浮かべた。


 ***


 「お姉様、何してるの?」

 皇太子妃宮の前の庭にテーブルと椅子を出し、何やらせっせと作業をするアマリール。
 今日もこっそり抜け出して来たローザは興味深々に近寄ってきた。

 「まあローザ様。まずは、“ご機嫌麗しゅう”ですよ?」

 なかなか挨拶が身に付かないローザを叱るでもなく、優しく見本を見せてやる。するとアマリールにだけは素直なローザは、慌ててアマリールの真似をする。

 「ご、ご機嫌麗しゅう、アマリールお姉様。何をしてらっしゃるのですか?」

 「うふふ、とってもいいご挨拶ですね。私は今刺繍をしておりました。ほら」

 「うわぁ!綺麗!」

 アマリールが刺繍をしていたのは白地のハンカチ。その縁を、まるでレースが覆うようなデザインだ。

 「青い糸で心を込めて刺繍したものを花嫁さんに渡すと、幸せになれると言われているんです。」

 「あ……もしかして、クロエ殿下に?」

 「ええ。もうすぐエレンディールで一番幸せな花嫁になられますから。」

 「素敵……お姉様はやっぱりとても優しいわ。」

 まるで夢見るような顔で刺繍を眺めるローザはとても可愛らしい。

 「一緒にやってみますか?」

 「いいの!?あっ!……いいのですか?」

 「もちろん。」

 しかしローザはもじもじと何か言いにくそうにしている。

 「……もしかして、刺繍をするのは初めて?」

 ローザは、うつむきながら恥ずかしそうにコクンと頷いた。
 (刺繍も授業の中に入っているはずだけど……)
 しかし、今はまだ刺繍など教えられない状態なのかもしれない。何を置いてもまずは礼儀作法から身につけさせようと、教師たちも躍起になっているはずだ。
 せめてここにいる時間だけは好きな事をさせてあげよう。ローザを見ているとそんな気持ちになる。

 「慣れるまでは、針や枠の持ち方に苦戦するかもしれませんが、出来上がった時の嬉しさは格別ですよ」

 アマリールは予備の針と刺繍枠、そして白地のハンカチと色とりどりの刺繍糸をローザの前に広げた。

 「わぁ……!!」

 光沢のある、美しい絹の刺繍糸にローザの目は釘付けだ。

 「ふふ、どのお色が好きですか?」

 「私は……これです」

 ローザが指したのはすみれ色の刺繍糸。
 
 「お姉様の色だから……」

 ローザはぷくぷくした白い頬をほんのり染めて菫色の糸を手に取る。
 アマリールは、その様をとても愛おしいと思った。それと同時に、こんなに可愛らしいローザが、あれほど歪まなければならなかった人生を思うと瞳に熱いものが込み上げた。

 「とっても嬉しいです。では、今日からたくさん練習して、私が花嫁になる時にはローザ様がハンカチを贈ってくれますか?」

 「お姉様が花嫁になる時?」

 「ええ。そして、ローザ様が花嫁になる時には、私もハンカチを贈らせて頂きます。」

 「私が花嫁に……嫌、嫌です!」

 「ローザ様?」

 ローザの顔は急に切なそうに歪んだ。

 「だって、私が花嫁になるって、どこか遠い所へ行かされるって事でしょう?お姉様と離れるなんて絶対に嫌……!!」

 なんて可愛い事を言ってくれるのだろう。
 自分には妹がいないからわからないが、いたらきっとこんな感じだったのだろうか……いや、血が繋がっていると遠慮がないから、きっとこうは行かなかっただろう。

 「大丈夫ですよ。いつか私よりももっと大切な方が出来ますから。ローザ様なら、きっと誰より幸せな花嫁になれます」

 ローザはなんだか納得のいかないような顔をしていたが、そのうちに機嫌を直し、アマリールと一緒に刺繍を始めた。


 *


 アマリールの宮からの帰り道、ローザは胸にぽっかりと穴が空いたようだった。 
 いつか、アマリールと離れ離れにならなければならない。その事実が頭の中をいっぱいに埋め尽くして、何も考えられない。

 「……どうしたら、ずっとお姉様と一緒にいられるの……?」

 生まれて初めて、心からの優しさをくれた人

 誰にも愛されなかった自分をどんな時でも受け入れてくれる女神様のような人。
 アマリールがいてくれる。そう思うだけでどんな辛い仕打ちにも耐えられる。
 離れなければならない日がくるなんて、そんな事考えもしなかった。
 
 「花嫁……そうだわ!!」

 アマリールとずっと一緒にいられる唯一の方法。それは……

 「お姉様の嫁ぐ方に、私も嫁げばいいのよ!」

 アマリールの未来の伴侶、皇太子ルーベル。
 彼の花嫁になれば、一生アマリールと離れずに済む。
 生母シェリダンは皇太子の父である皇帝の第三皇妃。きっと将来、ルーベルだってアマリール以外にもたくさんの女を側に召し上げるだろう。自分はそのうちの一人になればいいだけだ。

 「良かった……これで、これでお姉様と一緒にいられる……!!」

 そのために必要な事ならなんだってやってやる。

 この日を堺に、ローザは今まで嫌がっていた勉学に励むようになった。
 そのあまりの変わりようは、教師たちも目を剥くほどだった。
 (皇太子に選ばれるには、お姉様のようにならなきゃいけない)
 ローザは、死にものぐるいでアマリールの後を追いかけようとしていた。
 
 



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