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しおりを挟む「それは……途方も無い時間とお金がかかることね……施設の規模を決めるところから始まり、建設に教師の選抜に教本の選書……」
「もちろんそれらをすぐに実現させることは無理です。ですから、最初はごく簡単な読み書きを浸透させることが精一杯だと思います」
子どもたちが家計を支える一員である世帯も多いだろう。学ぶことの大切さに理解を示し、我が子を教育の場に通わせてくれる親がどれほどいるのかもわからない。
民の理解を得るところから始めるとなると、人生をかけるくらいの大仕事だ。
「でも……それは本当に大切なことだわ。アーヴィング、一緒にたくさん考えましょう。時間はまだまだあるのだから」
「はい!」
*
さて、希望に満ちた未来を語り合う若者とは反対に、困り果てた男がここに一人。
現在進行系で意地悪親父のレッテルを貼られつつあるゴドウィンである。
恰幅がよく、身なりもほどよく金をかけているために勘違いされやすいが、彼は意外にいい人間であった。
貴族という身分に驕らず幼い頃から研鑽を積み、自分自身の力で国の財務を担当する役職にまで上り詰めた。
また、人柄も不器用ながら実直であったため、このマルデラの地を任されたのだ。
そんなゴドウィンに、ある人物から手紙が届いた。それはアナスタシアたちが到着する数日前のことだった。
差出人の名を見たゴドウィンは目を見開いた。
『ル、ルシアン第二王子殿下!?』
第二王子直筆の手紙にゴドウィンは震えた。
こんな高貴な身分の方から手紙を貰うなど、一介の官吏には有り得ないこと。
見に覚えはなにもないが、つい自身のこれまでの素行について振り返ってしまう。
なにも悪いことなどしていないはずなのだが。
しかし手紙の内容は、ゴドウィンが心配していたのとはまるで違った。真っ白な便箋には、やけに強い筆圧でこう記されてあった。
ゴドウィンへ
姉の滞在中、色々よろしく頼むよ。
それと、姉とともにそちらに行くアーヴィングという男だが……姉を誑かし、地位と名誉を手にしようとしているとんでもない男なんだ。
優秀な君がぜひ相手をしてやってくれ。
そして色々と指導して根性を叩き直してくれると助かる。
ルシアンより
ゴドウィンとてラザフォード侯爵家の事情については知っている。
手紙を読み終えたゴドウィンは、麗しき王女殿下を誑かそうなどと、そのアーヴィングとやら、とんでもない奴だとつい熱くなってしまった。だからあのような態度で迎えた訳なのだ。
だが、ゴドウィンは自身のその行いをすぐさま後悔することとなる。
執務室で黙々と書類に目を通すアーヴィング。気を利かせた執事が何度か茶を勧めに来たのだが、その度に頭を下げ、“ありがとうございます”と丁寧に礼を言う。
そしてあんな態度をとったゴドウィンにすら、“今日はお仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした”と言って頭を下げる。
──い、いい子じゃないのぉぉぉお!!
そう。アーヴィングはゴドウィンが身悶えするほどいい子だったのだ。
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