終わらない幸せをあなたに

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 (なんて素晴らしいのかしら……!)
 限られた者しか入ることの許されない王宮の奥。一般に立ち入りが許可されている宮殿とはまるで違う優美で豪奢な装飾に、キャロルの胸は子供のようにドキドキと騒いだ。

 「ここは特別な人しか入れないんだ。美しい宮殿でしょう?君が気に入ってくれたなら嬉しいんだけど……」

 前を歩くルシアンが、はにかみながら軽く後ろを振り返る。

 「気にいるなんてそんな……恐れ多いお言葉ですわ……!」

 キャロルは、緩む頬を抑えるのに必死だった。
 まさか第二王子に見初められる日がくるなんて。

 両親に溺愛されて育ったキャロルは、幼い頃からずっと言われ続けてきた言葉がある。

 『お前は利発でこんなにも美しい。高位貴族……いや、王家に望まれることだって夢じゃないぞ!』

 キャロルを比喩でなく、目に入れても痛くないほどに可愛がっているアドラムの父は、毎日のようにそう言ってはキャロルのことを褒め称えた。
 だからこれまで、キャロルは来たるべき日に備え、美と教養を磨き続けた。しかし、いつまでたっても声をかけてくるのは自分と同等、またはそれ以下の貴族ばかり。父の言うような、高位の貴族から縁談が持ち込まれることは、まったくといっていいほどになかった。
 そうこうしているうちに、周りは次々と婚約者が決まって行く。中には公爵家の子息に見初られた令嬢まで。しかもその令嬢の家格はキャロルよりも下だった。
 なぜ上質な男たちは、こんなにも美しく賢い自分に声をかけず、容姿も教養も人並み程度の令嬢を妻に迎えようとするのか。
 キャロルにはまるで理解ができなかった。
 父は遠回しに慰めてくれてはいたが、キャロルの中ではやりきれない気持ちが徐々に怒りに変わっていった。
 そんな時だ。名門ラザフォード侯爵家の長男である、ヴィンセンから話しかけられたのは。
 キャロルは内心“ようやくか……”と思った。
 ようやく自分にもその時がきたのだと。
 彼ら兄弟の存在は社交界でも有名だった。もちろん、あまり好ましくない意味でだが。
 家庭内がゴタついている家なんて、嫁ぎ先としては最悪。
 しかしこのヴィンセントという男は、とにかく見た目が良かった。それに会うたびに、キャロルに耳触りのいい言葉を囁いてくれるところも好ましい。

 “こんなにも美しい女性に婚約者がいないなんて奇跡だ”
 “君は容姿だけでなく中身も素晴らしい”
 “侯爵夫人として相応しい品格の持ち主にやっと出会うことができた”

 何度も何度も、熱に浮かされたような顔でそう言われれば悪い気はしない。
 こんなに自分に惚れているのなら、父親のように外に女を作ることもしないだろう。
 それなら自分は侯爵夫人として順風満帆。欲を言えばもう少し上を目指してもよかったが、ラザフォード侯爵家は国中で知らぬものがいない名門だ。充分だろう。

 だがある日、ヴィンセントは涙ながらにキャロルに訴えてきた。


 『キャロル……!!』

 『ヴィンセント様……いったいどうなされたのです!?』

 『大変なことになってしまった……!アナスタシア王女殿下が、戯れでアーヴィングを召し上げたたんだ……!!王女殿下がラザフォード侯爵家に降嫁するかもしれないということで、今父は舞い上がっている……このままでは……私は当主の座に就くことができなくなるかもしれない……!!』

 『なんですって!?』

 それは困る。
 キャロルがヴィンセントの相手をしている間に、社交界ではただでさえ残り少なかった名だたる家の男子が、次々と婚約者を決めていたからだ。
 ここでヴィンセントを逃せば、あとはもうろくな家門が残っていない。だが幸いというべきか、王家の麗しき兄弟には未だ婚約者がいなかった。しかしさすがに王子殿下にはおいそれと近づく機会もない。

 だからキャロルは従ったのだ。
 ヴィンセントが、アーヴィングとアナスタシアが破談になるいい方法があるというから。

 けれどもうそんな危ない橋を渡る必要もなければ、ヴィンセントも用無しだ。

 ──なんて美しいの

 キャロルは、前を歩くルシアンの後ろ姿に見惚れた。
 思わずため息が出てしまう。
 目も眩むような黄金の髪は、緩やかなウェーブがかかっていて、まるで壁画の中の天使のよう。
 幼さの残る顔も、大人の男性へと変わり始めた肉体と相まって、なんともいえない雰囲気を醸し出している。
 こんなにも美しく、権力のある男が手に入るなんて。
 ヴィンセントとの接触も無駄ではなかった。
 あとは着いた先で無理矢理言うことを聞かされていたのだと涙を誘うような証言をすれば、第二王子妃……いや、のちの王妃の座が待っている。

 「さあ、着いたよ。覚悟はいい?」

 ルシアンは振り返り、心配そうに眉をひそめキャロルを見た。

 「はい……!ルシアン様、どうか側でキャロルを見守っていてくださいませ!!」

 ──王子妃に……王妃に相応しい器であると見せつけてやるわ……!!

 そして扉は開かれ、キャロルは足を踏み入れる。
 そこに、もうひとりの主役が待っているとも知らずに……
 



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