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しおりを挟む騎士団長のために設えられた部屋と聞くと、誰もがそれは豪華な内装を想像するのではないかと思います。
しかし初めてクリューガー卿の部屋に足を踏み入れた時、私は素直に驚きました。
必要最低限の家具に、執務机と書棚くらいしか置かれていない、とても簡素な部屋だったからです。
「女性が喜ぶような物が何もなくてすみません」
申し訳無さそうにされるクリューガー卿ですが、むしろこのような部屋には好感が持てます。
彼ら騎士団員の給金は、国民の血税から賄われています。
その尊さをよく理解しているのでしょう。
私は運ばれてきたお茶を一口飲むと、早速話を切り出しました。
「では、本日もよろしくお願いいたします」
「あの……今日の案をお聞かせいただくことはできないのでしょうか」
私はこれまでに二度、クリューガー卿の元を訪れました。
要約すれば、ひとつ目はリヴェニアと交渉の場を持つという案を、ふたつ目はリヴェニアに侵攻するのではなく、彼らが侵攻を仕掛けるのを待ち、万全の備えをして返り討ちにするというものです。
しかし、ひとつ目の案に先見の力は応えてはくれませんでした。
何も視えなかったのです。
おそらくリヴェニアは、交渉のテーブルにつく気などさらさらないという事なのでしょう。
そしてふたつ目の案に、先見の力は応えてくれました。
なんと、サルウィンはリヴェニアに勝利する事ができるようです。
しかし──その代わりに私はやはり、彼に抱き潰される未来が待っていました。
しかも前回よりもグレードアップした体位の数々に、私がその場に泣き崩れたのは言うまでもありません。
気付いたというか、思い知らされたのは、どうやらクリューガー卿がリヴェニアとの戦いで負ける事はないという事です。
最強の騎士を抱え、何とも喜ばしい事なのですが……素直に喜べない私をどうか許してください。
ですから私は根本的な事を見直しました。
リヴェニアとの交渉は無理だが、戦わずしてこの国を救う方法さえあれば、あの未来を回避できるのではないかと。
そして思い付いたのが【同盟】です。
リヴェニアがサルウィンを侮っている背景に、国力の差があります。
単純に言ってサルウィンは領土も人口も、経済的にもリヴェニアに勝るとは言い難いです。
なので、我が国が隣国のいずれかと強固な同盟を組む事で、リヴェニアは考えを改めるのではと思いました。
そしてこの案が成功すれば、誰もが家族を失う恐怖に苛まれる事はありません。
ですが、問題はどこの国と、どのようにして強固な同盟を結ぶかです。
一番良いのは、国力の差もあまりなく、我が国と友好的である国の王族を、姉である第一王女か私の夫としてお迎えする事です。
私たち姉妹と年頃の合う王族を探しましたところ、なんといらっしゃったのです。
我が国の東に位置するローナン王国のエリアス王子です。
勿論私も面識はございますが、性格は控えめで好感の持てる方です。そして年齢は姉と同じ二十歳、そして第二王子という点でも、何から何まで好条件です。
問題と言えば、姉と私どちらの伴侶になるかという事ですが……父や臣下たちが他国の王族がサルウィンの王座に就くことを良しとしないのであれば私の夫に。
信頼に足る人柄であり、この国の行く末を任せても構わないと皆が判断したのなら、姉と婚姻を結んでも良いでしょう。
ですがここでひとつ問題が。
クリューガー卿を通して先を視るためには、そこに彼が関わっていなければならないという事です。
なのでローナンへ婚姻に関する書状を届け、なおかつ話が纏まった際には、エリアス王子をサルウィンまで護衛するという役目で関わっていただければ良いのではないかと。
これまでの先見では、必ずクリューガー卿にはどんな案か説明してきたのですが……今回は何故だか話さない方が良いような気がしてなりません。
性癖はこの際置いておいて、正義感の強い彼の事ですから、この同盟・婚姻案について勘違いし、『ご自分を犠牲にするなんてどうかお止めください』などと言いかねません。
なので打ち明ける事はできないまでも、せめて誠意だけは見せようと、私は彼に頭を下げてお願いしました。
「クリューガー卿、どうか今日の案については、私の心の中に秘めさせてくださいませんか。誰にもご心配をおかけしたくないのです」
「何か危険な事を考えてらっしゃるのですか!?」
いえ、だから何度も言いますけど、あなたが一番危険なのです。
そう言えたらどんなにいいか。
「いいえ。危険な事ではありません。それだけはお約束いたします」
彼の表情は納得してはいませんでした。
当然です。例えどんな事情があろうとも、仲間内から作戦を内緒にされるのは気分のいいものではないでしょうから。
しかしこちらとしても、暗闇に差す一筋の光明のようなこの作戦を、邪魔される訳にはいかないのです。
私たちはしばらくお互いの目を見つめ合いました。
正直に白状いたしますと、吐きそうでした。
彼ほどの人なら、王族が頭を下げる意味も良くわかっているはずです。
『黙って飲み込んでくれ』
そこにはそんな気持ちが込められています。
そして彼は私の気持ちを汲んでくれました。
『わかりました』とだけ言って、頷いてくれたのです。
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