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2章
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しおりを挟むユリシス様とのお茶会の日はよく晴れるのに、今日はあいにくの雨だ。
濡れないようにドレスの裾を抱えて馬車に乗り込むと、不安がどっと押し寄せてくる。
姉が殿下達にお手紙を出した翌日、それぞれのお付きの従者が王家の刻印とお名前が記された封筒を届けてくれた。
ユリシス様のお手紙にはいつものお茶会の時間を少し延ばして練習に充てる事と、それ以外にもなるべく時間を作るようにすると書いてあった。そしてお父様の体調を気遣うような事も。父の事まで心配して下さるなんて本当に優しい方だ。
シャルル様のお手紙は、身体の調子がよろしくなかったのだろうか…震える手で書かれたような文字が並んでいた。だが全面協力するという事と、既に対策を考えているので安心するようにとの旨が丁寧過ぎる言葉で書かれていた。
お二人にご迷惑をかけるからには何としても夜会で失態を演じる訳にはいかない。
そして今まで私を逃がし続けてくれた父のためにもやり遂げたい。
……三週間。とにかく必死にやってみよう……。
**************
「うんそう。ステップは完璧だねマリー。あとはもう少し硬さが取れてくれると良いんだけど……。」
世間的に私は【フォンティーヌ家の深窓のご令嬢】という事になっている。そのご令嬢が対人恐怖症をこじらせて引きこもり、いざ人前にでるとなると会話もダンスもまともにできるかどうかわからない状況にあるとは誰も思いもしないだろう。なので夜会の特訓は秘密裏に行わなければならない。
今日はお茶会と見せかけて、ユリシス様の広い私室の家具を端によけてダンスの練習をすることになった。
「すみません。ダンスの先生以外と踊るのは初めてで……どうしても緊張してしまって……。」
それに目の前の美しい顔面の威力が凄まじすぎて、ダンス中もつい目をそらすように足元を見てしまい、ユリシス様の身体に添える腕もぜんまい仕掛けの人形のようにガチガチだ。
こんな調子で人前で踊るなんて出来るのだろうか……。
そんな私の様子を見てユリシス様は顎に手を当てて何か思案している。
「ちょっとおいでマリー。」
ユリシス様は部屋の端に動かされたソファーに座り、私を見ながら膝の上をポンポン叩いている。
す、座れって事でしょうか!?そこに!?
オロオロする私をユリシス様はニコニコしながら見ている。……楽しんでる…絶対に……。
「し……失礼致します……。」
おそるおそる近付くと、背中と膝裏を抱えられてユリシス様の胸に抱き込まれた。
「マリー、夜会に緊張してるの?それとも私に?」
近い。何度経験しても慣れない美しさだ。
「う………ど、どっちもです……でも今は夜会よりユリシス様との近さに緊張します…。」
私の答えにユリシス様は笑みを更に深くする。
「ダンスだけで緊張するの?あんなにたくさんキスしたのに?それに………ね?」
奥の寝室に続く扉に思わず目が行ってしまう。
「ふふ、今日も行く?私はいつでも大歓迎だよ?」
「い、い、行きません!!」
ユリシス様は私の返事に心底楽しそうに笑うと言った。
「マリー、君はもっと自分の美しさを自覚した方がいい。」
美しい………?私が………?
「たぶん……昔の嫌な記憶が君の自己評価を極端に低くしてしまったんだろうけど、君は本当に美しいよ。惚れた欲目じゃなくて、客観的に見てもだ。」
そんな訳ない。髪の毛だけは……お母様譲りのこの髪だけは綺麗だと思えるけど、顔は十人並みだ。十人も知り合いはいないけど……。
「王宮での夜会ならこの十数年全て出席してきた私が言うんだ。間違いない。君はこの国のどの令嬢よりも美しい。」
ユリシス様の手が優しく頬を撫でる。
「君の側を離れないと約束した。ダンスも君としか踊らない。だからもっと私を信じて?私は君を傷付けた子とは違う。」
ユリシス様の事は信じてる。でも……
「………夜会の中に、あの子達がいると思うと不安で仕方ないんです………。失敗して笑われるのが怖い……。」
失敗して、笑われて、公爵家にも泥を塗る事になってしまったらどうしよう。私みたいな引きこもりは、やっぱりずっと出て来ない方が良かったんじゃないかって後悔するんじゃないか。ユリシス様にも恥をかかせる事になってしまったら私…………
「マリー、私を見て。」
よくない考えばかりが次々に浮かんでうつむく私の顔をユリシス様が自分の方へ向ける。
「マリー、不安のない人間なんていないよ。だからそれでいいんだ。怖くて当然なんだよ。」
私が弱いからじゃないの?
「違う。弱い人間は決められない。でも君は決めたんだ。外の世界へ出るって。」
でもそれはユリシス様がきっかけをくれたの。もう十年も前に。
「人の力を借りるのは悪いことじゃない。むしろ人の力を借りれない方が問題だ。」
皆一人でちゃんとできるのに。
「自分一人の力で立ってると思ってる奴はそれ以上前には進めない。」
ユリシス様も?
「私だって毎日不安だ。もうすぐ国を率いて行く時が来る。国民の命が、幸せが、そして未来が私にかかってる。だがシモンを始め優秀な臣下がいてくれる。私一人では何も出来やしない。この命もアランがいなければもう何度も失っている。」
ユリシス様の周りにはたくさんの人がいる。
私には……父上、オデット、アニーに………
「君には私がいる。不本意だがシャルルもね。」
「うふふ……不本意って………」
「……やっと笑った……」
ユリシス様の唇が重なる。
私がいる。その言葉が身体に染み込んでゆっくりと広がって行く。
「ユリシス様……ありがとうございます。私、焦って何も見えなくなっていたようです。」
不思議。ユリシス様の言葉はいつも行く先を照らす光のようだ。
「さぁ、君の姉上に怒られるから練習しようか。あぁでも………」
マリーが私に緊張しないように、もう少しだけキスしよう
そう言ってユリシス様は優しく私に口付けた。
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