【本編完結】マリーの憂鬱

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5章

20-3 ジョエル

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菓子は何が好きだろう。あの時飲んでいた紅茶はどの茶葉だったのか。

弟達は同じ年頃の友達が出来ると喜んでいた。それぞれの母親にも、マーヴェルの息子として同じ公爵家の方々に紹介してもらえるのが嬉しいと感謝された。

俺の母からの助力は期待出来なかったため、執事と侍女長、そして二人の弟の母達にも当日に向けての準備に協力してもらった。

弟の母達は俺に優しかった。俺の母にさぞかし虐められただろうに恨み言ひとつ言わない。性根の優しい女性なのだろう。父が惹かれたのも頷ける。

俺の家族は駄目だったが、弟達は大丈夫だろう。この母親がいるのだから。




「え?ジョエル様もお茶会開くの?あの姉妹と?」

マチルドは今日もズカズカと俺の部屋に入ってくる。

「お前、他に行くとこないの?」

「何で私が自分より格下の所にわざわざ出向かなきゃならないのよ。逆でしょ?」

そんな調子だから暇なんだろうな…とは言わなかった。倍になって返ってきそうだから。

「それより本当にお茶会するの?」

「ああ。弟達もいい勉強になるだろうから出席させる。」

「へ~ぇ………」

何だ。ニヤニヤして。

「ねぇジョエル様。私、今あの子にとっても面白いゲームしてるのよ?」

「ゲーム?」

何だ?チェスとか、そういう系統か?
首を傾げる俺にマチルドは“違うわよ~”とケラケラ腹を抱えるように笑う。

「じゃあ何だよ?」

「ふふ、お茶会の令嬢全員で無視してるの。それにいつ気付いて泣くかのゲームよ。」

「はぁ!?」

何を言ってるんだこいつ。公爵家の令嬢に本気でそんな事してるのか?頭がおかしいとしか思えない。

「いくら子供のした事とはいえバレたらただじゃ済まないぞ。」

「大丈夫よ。だってあの子気が弱くて何も言えないもの。」

「あの子?あの子って?姉妹じゃないのか?」

「あの気持ち悪い髪の子よ。いたでしょ?幽霊みたいな子。姉の方は別のお茶会があるから今はあの子一人で来てるの。」

何て事だ。こいつ、あの子にそんな酷い事を。

「帰れ!!」

「え!?何でよ?今来たばかりじゃない。」

「いいから帰れ!!もう二度と来るな!!」


ギャーギャーと喚き立てるマチルドを無理やり扉の外に追いやり、鍵を掛けた。


まさかそんな事になっていたなんて。
彼女は大丈夫だろうか。傷付いていないだろうか。あの可愛らしい微笑みはまだ消えていないだろうか………。
いや、きっとまだ間に合う。俺なら、俺の爵位ならどんな奴だろうと彼女を守ってあげられる。たとえそれがマチルドであろうとも。

公爵家に生まれて来た事を今日ほど感謝した日はなかった。








その日は信じられないほど早くに目が覚めた。
いつも執事に叩き起こされる俺の姿を知っている父も、早朝から屋敷内をうろつく俺を見て吹き出して笑った。


そして彼女の訪れを告げる鐘が鳴る。


久し振りに見る彼女は淡い緑のドレスを纏い、小さな手でドレスの裾をつまみ可愛らしく礼をした。

「フ、フォンティーヌ公爵家のマリエルと申します…。」

緊張しているのか声が少し震えている。

しかし彼女とは対照的に、俺は彼女が自分の瞳と同じ色のドレスで来てくれた事に心が弾んでいた。周りから見たらさぞや気持ち悪い表情をしていた事だろう。

「やぁ、遠いところよく来てくれたねシモン。マリエル嬢も。これが息子達だ。仲良くしてくれると嬉しいな。」

父の挨拶に俺達三人が前へ出る。
弟達の目は大きく見開かれ、期待に満ちた顔つきになった。

彼女の姉はやはり他のお茶会があるとかで来れなかったそうだ。
お茶の席にはまだ小さい末っ子のショーンの母親が同席してくれて、場は和やかに進んだ。

綺麗な物が好きな事。甘いお菓子、特に焼き菓子が好物で酸味のある紅茶が苦手な事。
ぽつり、ぽつりとだが自分の事を話してくれる。しかし遠慮しているのか好物だと話した焼き菓子がテーブルに乗っているのに手を出さない。

「マリエル嬢はどれが好きかな?」

やっぱり遠慮しているのだろう。俺の問いにもじもじとして何も言わないので、菓子の乗せられた皿から綺麗な砂糖細工が飾られた焼き菓子をいくつか取り分けて目の前に置いてあげると嬉しそうに微笑んで、“ありがとうございます”と小さな声で微笑んだ。


あの可愛らしい微笑みをこんな近くで見れるなんて。やっぱり彼女を呼んでよかった。後で伝えよう。マチルドの事なんて気にするなと。俺が守ってあげるからと。



「ねぇ、マリエル様!お庭で遊ぼう!僕が案内してあげるよ!」

次男のシャノンは同い年の子供と遊べるのが嬉しくてたまらないのだろう。半ば強引に彼女の手を引いて連れて行こうとする。

「シャノン!あまり遠くに行くなよ!」

シャノンはわかったと言うように頷いて、彼女を連れて小走りで庭へと消えて行った。

「ショーン。お前は行かなくていいの?」

末っ子のショーンはまだ四歳の甘えん坊だ。

「最近少し人前を恥ずかしがるのです。」

母親が柔らかく微笑みながらショーンの頭を撫でる。

「そうか。でも彼女はこれからも来てくれるだろうから、一緒に仲良くなろうな。」

俺の言葉にショーンはやっぱり恥ずかしそうにして、小さな声で“うん”と言った。




「少し遅いな………。」

なかなか帰ってこないシャノンとマリエル嬢に少し心配になる。

「そうですね………お庭には大きな池もありますから、少し心配ですね……。」

ショーンの母親も不安気だ。

「ちょっと見てきます。ショーン、母君と一緒に待っててくれ。」

俺は庭へと駆け出した。





シャノンの足で行ける場所ならそう遠くないはずだ。思った通り、庭の芝生に座る二人の姿が見える。


「ねぇマリエル様。大きくなったら僕と結婚しようよ!」


聞こえてきたシャノンの声に思わずあんぐりと口が開く。
何言ってんだあいつ?

「僕、マリエル様に恋しちゃったんだ。だから約束して!お願い!だってそうしないと他の男の子にマリエル様をとられちゃう…だってマリエル様こんなに綺麗だから………。」

彼女は何と答えたらいいのかわからないという顔でオロオロしている。

返事をくれない彼女の頬にシャノンは意を決したように目を閉じて勢いよくキスをした。

シャノンの突然の行動に驚きながらも真っ赤に頬を染める彼女を見た瞬間、背筋にゾクゾクと嫌な震えが走る。

シャノンのように幼い子供だけじゃない。俺ですら一瞬で心を奪われるくらい美しい彼女だ。この先社交界に出ようものならきっと男達はこぞって彼女に群がるだろう。しかも彼女は公爵家の人間だ。彼女の成人に合わせて結婚の申し込みを考えている奴らは山といる。早く彼女を自分のものにしなければ、彼女は他の男にとられてしまうかもしれない………。

頭の中に浮かんだ考えがぐるぐると身体中を駆け巡る。



「シャノン!遅いぞ。心配させるな。」


酷く冷たい声が腹の底から出た。
シャノンは怯えたように謝り、マリエル嬢も俺の様子にびっくりしたのかシャノンと共に慌てたように謝る。

席に戻って再び談笑しながらも、俺の頭の中の不安は消えることはなかった。



そして結局、彼女に何も伝える事が出来ないまま帰って行く馬車を見送ったのだった。







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