187 / 331
6章
21
しおりを挟む「お茶を頼む。あと菓子もいくつか持ってきてくれ。」
リンシア王女が部屋を出た後ジョエル様は侍女にそう言い付けた。
目の前で紅茶が音を立てて注がれて行く。お菓子の甘い香りも漂って、女の子の大好きな光景が広がる。
しかしそれを幸せだと感じる事はとても出来なかった。なぜならお茶の相手がこの世で一番苦手なこの人だから。
一体何を話せって言うの?………。この人も私とお茶なんて飲みたくもないだろうに……。
ジョエル様は特に何を話すでもない。私と向かい合ってはいるが、無言のままだ。
することがない私はつい何度もお茶に手が伸びる。侍女が淹れてくれたお茶は南国の花が原料の、爽やかな酸味のある紅茶だった。本当は酸味のあるお茶は苦手なのだかさっき注がれたばかりのカップは気付けばもう空になっていた。
「新しい湯とカップを持ってきてくれないか。」
ジョエル様は沸かした湯を侍女に持って来させると、それを受け取り侍女を下がらせた。何をするのかと思ったら自分の手で新しいお茶を淹れ始めたのだ。先程とは違う茶葉の缶を開け、慣れた手付きでお茶を淹れる。
そしてジョエル様が淹れた紅茶の入ったカップは私の前に置かれた。
「えっ………?」
「飲んでみて。」
私に!?
目の前のカップからは湯気と共に柔らかな香りがする。まさかとは思うけど毒とか入ってないわよね………。
「毒なんて入れてないよ。だから安心して。」
あ、バレた。そんなにわかりやすい表情をしていたかしら。
恐る恐るカップに口をつけると砂糖も入れてないのに甘味が広がる。
「……美味しい………!!」
びっくりしてつい言葉が出てしまった。
はしたなかったと思いジョエル様の方を見ると
え………?
ジョエル様は私を見て微笑んでいた。
びっくりして何も言えないでいる私をよそに、ジョエル様は美しく絵付けされた小さな皿を手に取った。何をするのだろう?その目は色とりどりの菓子が並べられた皿に向いている。
さすが王宮お抱えの菓子職人が作っただけある。見目の美しさはもちろんその味の種類も豊富だ。チョコレート一つとっても甘いものからほろ苦いもの、果実や木の実を練り込んだものまで何種類もある。甘酸っぱいジャムの乗ったクッキーや、ブランデーをたっぷりと塗りつけて寝かせたケーキまで、見ているだけでお腹も心も満たされるよう。
でもジョエル様はその中から甘いものばかりを選んで皿に乗せて行く。そして甘いだけじゃなく細工の美しい綺麗な菓子から優先的に。まるでわざとそれ以外を避けているようだ。
酸味や苦味が苦手なのかしら………?
淹れてくれた紅茶もとても甘みがあった。
そんな事を考えていたら、ジョエル様の手にあった皿は私の前に置かれた。
「………え………?」
私の反応にジョエル様は吹き出して笑う。
「さっきから“え?”しか言わないね。」
だってそれしか言いようがない。
「酸味のある紅茶が嫌いなのは変わってないみたいだね………。じゃあまだ甘い焼き菓子が好きなのも変わっていないかな?そう思って選んだつもりだけど………それも食べてみて?」
何で………何でそんな事知ってるの?
ユーリにだって言った事がないのに。
酸味のある紅茶が苦手で…甘いお菓子、特に焼き菓子が好きな事………。
ジョエル様は小さな銀のフォークを私に差し出す。いきなり差し出されたそれに慌てて手を伸ばすと、ジョエル様の手に指先が触れた。
「ご、ごめんなさい!」
「慌てなくていい。」
そう言ってジョエル様は自身の両の手で私にフォークを握らせた。
26
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
塔に住むのは諸事情からで、住み込みで父と暮らしてます
ちより
恋愛
魔法のある世界。
母親の病を治す研究のため、かつて賢者が住んでいたとされる古塔で、父と住み込みで暮らすことになった下級貴族のアリシア。
同じ敷地に設立された国内トップクラスの学園に、父は昼間は助教授として勤めることになる。
目立たないように暮らしたいアリシアだが、1人の生徒との出会いで生活が大きく変わる。
身分差があることが分かっていても、お互い想いは強くなり、学園を巻き込んだ事件が次々と起こる。
彼、エドルドとの距離が近くなるにつれ、アリシアにも塔にも変化が起こる。賢者の遺した塔、そこに保有される数々のトラップや魔法陣、そして貴重な文献に、1つの意思を導きだす。
身分差意識の強い世界において、アリシアを守るため、エドルドを守るため、共にいられるよう2人が起こす行動に、新たな時代が動きだす。
ハッピーエンドな異世界恋愛ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる