【本編完結】マリーの憂鬱

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6章

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「あっ!!お兄ちゃんが鬼だ!!」

壮絶なじゃんけん大会を私達は制し、鬼はジョエル様に決まった。

「俺か!?ついてないなぁ。この敷地の事が全然わかってないから凄く不利だぞ。」

困り顔のジョエル様を見て子供達は嬉しそうに笑う。

「ふふ。皆いつもならすぐ見つかっちゃうから鬼がジョエル様で嬉しそう。」

子供達の笑顔につられてつい笑ってしまった。

「よし!じゃあ皆、敷地内から出ちゃ駄目だぞ。あと危ない所…高い所とかも駄目!建物の中も禁止だからな!」

ジョエル様は子供達にそう言い聞かせた後、木の幹に顔を寄せ両手で目隠しをする。

「一分数えたら探しに行くからな!」

敷地内は結構広いが一分あれば皆かなり難しい隠れ場所を見付けるだろう。
開始の合図と共に一斉に駆け出す。

ちょ、ちょっとみんな本気過ぎじゃない!?

鬼は大人だ。相当難易度の高い場所に隠れても大丈夫だと思ったのかみんな凄い勢いで駆けて行く。ヴィクトル様なんてもうどこにも見えない。
かなり出遅れた私も急いで隠れる場所を探す。
しかしどの茂みにも見知った顔が。
「マリー様!ここはダメよ!私の場所なんだから!」
結構大きな茂みでもみんな意外にケチで入れてくれない。
困ったわ……高い所はダメって言われちゃったけど、後は木の上くらいしかないんじゃない!?ワンピースの裾をつまんで全力で走る。こんなに走ったのはどれくらいぶりだろう。うっすらと汗をかいた肌を心地よい風が撫でて行く。

あ!あった!!あそこなら………
療養院の裏手にある葉の多い低木が並ぶ場所。
(誰もいませんように………!)
祈るような気持ちで覗くと誰もいない。
私はスカートが広がらないようしっかりと押さえ付けてから座った。

しばらくすると遠くから子供達の叫び声が聞こえる。ジョエル様に見つかったのだろう。嬉しくて楽しくて仕方ないといった笑い声が聞こえて来る。


ここはあの人から自分を守るために逃げ込んだ場所でもある。それなのに今この場所で私達を笑顔にしているのはあの人だ。何だろうこの釈然としない気持ちは。
いっそあの頃のまま、彼が私にとって最低な人間のままだったら良かったのに。そしたら……


「見つけた」


頭の上から突然降ってきた声にびっくりして見上げると、そこには額に汗を滲ませたジョエル様が。

「ひどいよこんな奥に隠れるなんて。もう君以外全員見付けたよ。」

「全員!?」

「あぁ、ヴィクトル殿が一番ひどかった。身体に葉っぱをかけて地面に潜んでたからね。」

ヴィクトル様ったら………戦場でも思い出したのかしら………。

「あーーー!!疲れた!ちょっと休ませて!」

ジョエル様は私の隣に仰向けで寝転んだ。
何を話す訳でもない。目を閉じて本当に休息を取ってるようだ。

「……子供達が無理を言ってすみませんでした。私もあの子達があんなに喜んでるのを見るのは久し振りです。本当にありがとうございました……。でも意外です。子供がお好きなのですか?」

「………うちには弟が二人いるからね。昔はよく遊んでやったもんだよ。」

「弟さん……。とても仲がよろしいのですね。」

「いや。もう何年もまともに会ってない。」

「同じ場所に住んでらっしゃるのに……?」

私の問いにジョエル様は空を見つめたままだ。


「………血が繋がっていてもわかり合えない事はある。俺の家族が良い見本だよ………。」

その言葉から推察するに、兄弟の間で何かがあったのは間違いないだろう。それも血の繋がりを言葉にするくらい大きな何かが。


その時、遠くで子供達の声が聞こえた。私を探しているのだろう。

「…もう行きましょう?皆が心配して大騒ぎになっちゃう。」

腰を上げようとした瞬間、私の腕を大きな手が掴む。

「ジョエル様?」

彼は半身を起こし私に向き合う。

「ねぇマリエル……俺がもし初めて会ったあの日のまま、ずっと君を大切にしていたら君は俺を選んでくれていた?」


何でそんな事を……そんな話、今更しても何の意味もないのに………。

時間が巻き戻ることなんてないのだ。
一度失ったものはもう二度と取り戻すことなんて出来ない。でも………

でも私が今言わなければならない言葉は違う。


落ち着いて。思い出すの。
大好きなユーリの瞳。笑顔。
この人がユーリだったら、私は何て答える…?
どんな顔を見せる……?ユーリ…………



指が細く長いところは同じ。でもこの手は大好きなあの人の手じゃない。

私の腕を掴む大きな手にもう片方の手を添えてゆっくりと外し、彼の手をそのまま両手で包んで胸に抱く。

「マリエル………?」

「……幼いあの日の私はあなたの事がとても大好きでした……だから、だからあなたにされた事がとても悲しくてたまらなかった……。」

幼いあの日の私が泣いている。“やめて”と。
でもやめることはできない。これから私はこの人にひどい嘘をつく。

「……でもあの日、あの二人きりになれたあの日にジョエル様が私にくれた言葉でこの十年の辛い思いを手放す事が出来ました。私にはそれでもう充分です………。」

嘘をつく時は相手の目を真っ直ぐに見る……。
ジョエル様の新緑の瞳には私がはっきりと映っている。私だけが。

「…すべてがもう遅いのです。リンシア王女が帰国されたら私はすぐにユリシス殿下のものになる……。でも最後に真実を知ることができて本当に良かった。」

両手で包んだジョエル様の手のひらにゆっくりと口付けて、頬を寄せる。

そして驚きに揺れる彼の顔を頭ごと胸に抱いた。愛しいあの人にするように。


「ありがとう……ジョエル様………。」





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