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7章
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しおりを挟む簡単な挨拶を済ませたジョエル様はすぐ馬車へと戻ってきた。ラシード将軍とその部下達に先導され着いたのは宿屋ではなく広い邸宅だった。
「すぐ住めるよう手入れしておきました。何かご不自由があればお申し付け下さい。」
ラシード将軍はそう言うと数名の部下を屋敷周辺の警備にあたらせて帰って行った。
外はすっかり暗く、長く馬車に揺られて疲労も限界だった私はすぐにベッドへ横になった。
「マリー…疲れただろう?ここは安全だからゆっくりお休み。」
ジョエル様は当たり前のように私の毛布の中に入り込んで身体を寄せる。
「明日…少し話をしよう。」
この人の話しなんてもうどうでもいい…心の底からそう思った。だってこの人は私と話し合いたい訳ではない。自分の意見が全てで、私の言うことを聞く気など最初からないのだから。結局自分に都合のいい言葉だけ並べてそれを私に受け入れろと言うだけなのだ。
「愛してるよマリー……。」
同じ言葉なのに、ユーリのそれとは全然違う。まるで私を縛り付ける呪いの呪文のよう。ジョエル様は何も喋らない私の気持ちを窺うかのようにそっと触れるだけのキスをする。けれど彼がこんな風に気を遣うのも今だけの事だろう。いつか私の気持ちより自分の欲を果たそうとするはず。そしてそれはそう遠くない先だ。
私はそれを受け入れなければならない。拒むと言う選択肢など無いのだ。この先もずっと。
……これじゃまるでお人形だ………。
「…マリー…」
ジョエル様は拒まない私にもう少しだけと唇を寄せる。熱く滑る舌がまるですべてを奪うように咥内を這い回り息苦しい。きっとこのキスのように、私を支配するようにこの身体も抱くのだろう。もうあの人に二度と会えないのなら、せめてキスだけでも似ていたら良かったのにと思ってしまう。それとももう会えないのだからはっきりとした違いを身体に刻み込めとでも言われているのだろうか。神様は本当に残酷だ。
太股に布越しだが彼の熱い欲を感じて身体が強張る。そんな私の様子に気付いたのだろう。ジョエル様は唇を離し、二人の口を繋ぐ糸を舌で舐めとる。
「…こんな時に最低な奴だと思うよね……。でも君を側に感じるだけで俺は……ごめん……。」
何で謝るのだろう。抱きたければ無理矢理にでも奪えばいい。簡単に出来るはずだ。だって私から全てを奪ったのだから。
「明日、全部話すから…。許して欲しいとは言わない。俺は君にそれだけの事をした…。でも俺にはこうするしかなかった。君を手に入れるためにはこうするしかなかったんだ……。」
「……私のせいなのですか?多くの人の命が失われた事も…姉が死んだのも……」
「違う!君のせいじゃない!それは俺の…俺一人の我が儘のせいだ…。どうしても君が欲しかったんだ……。君にこんな思いをさせた事は一生をかけて償う。だから…」
ジョエル様はそこまで言って口を噤んだ。だから自分を許してくれとでも言いたかったのだろうか。
心も身体もこれ以上ないほどに疲れていた。身体がポカポカと温かい熱を持ち始める。
お母さんを眠らせようとしてくれてるの?そっとお腹に手を当てる。不思議だ。まだ膨らんでもいない、いるのかいないのかわからないくらい小さな命が今私の命を支えてくれている。…あなたがお腹の中にいなかったら私、きっと生きて行けなかったわ…。ありがとう…。
目を閉じると私はすぐに深い眠りに落ちた。
************
目が覚めると私は一人でベッドの上にいた。サイドテーブルには水が置いてある。昨夜同じベッドで休んだはずのジョエル様の姿は部屋のどこにも見えない。
ゆっくりと身体を起こすと、馬車で長い間揺られたせいだろうかあちこちが痛く怠い。
一体ここはダレンシアのどの辺りなのだろうか……。薄く光が漏れる場所へと歩き、厚みのあるカーテンを開けると、そう遠くない場所に城らしきものが見える。とするとここはきっと王都のどこかなのだろう。
リンシア王女はいつ帰国するのだろう。私がこんな事になってしまった今、あの計画はどうなってしまっただろうか。
きっと計画は中止よね……レーブン様は大勢の部下を失い、ヘルマン元侯爵領へ赴いていた姉は殺され、そして私は拐われた。他国の事に気を配る余裕など今のガーランドには無いはず。
「お目覚めになられましたか!?」
いきなり後ろから声をかけられ驚いて振り返ると、そこには紺のメイド服に身を包んだ少女が立っていた。
「あ!すみません!ジョエル様から起こさないようにと言われていたのでノックもせず入ってしまいました。申し訳ございません!!」
「…あなたは?」
「ミーナといいます!マリエル様のお世話をさせて頂く事になってます!よろしくお願いします。」
ミーナと名乗った少女はそばかすの可愛い笑顔を向けてくれる。
「マリエルです。この国の事は何もわからなくて……なのでこちらこそよろしくお願いしますね、ミーナさん。」
……おや…?何だろう…反応が……
ミーナは大きな目をうるうるさせてプルプルと震えている。まるで小動物のようだ。
「…す…」
「す?」
「素敵ですっっ!!」
「え!?」
何だ?ミーナは両手を胸の前でグーにして叫んだ。何やら感動しているようだが一体何に?
「マリエル様はまるで絵本の中のお姫様みたいです!ジョエル様と言い、ガーランドは美形の国なのですか!?」
こ、この感じどこかで……そうだ!!ジョエル様に恋の話を聞かせてくれとせがんでいたリンシア王女がこんな感じだった!それにしても声が大きくて元気な子だなぁ。
「確かに美しい方はいるけれど、ダレンシアだっていらっしゃるでしょう?そういう方。」
「いいえ……ダレンシアは戦ってばかりの国ですからお伽噺の世界とは程遠い方しかいません。男性は骨太で筋骨隆々か貧しくて貧相のどちらかです……。」
あらら、一気にシュンとしてしまった。そう言えばリンシア王女も言っていた。男臭い国に生まれてしまったから…と。きっとこのミーナもリンシア王女のように恋に憧れる年頃なのだろう。
「そう言えば…ジョエル様は……?」
私の問いにミーナはいけない!と思い出したように言った。
「私ったら余計な事ばかりすみません!ジョエル様は今お客様とお話されています。もしマリエル様の気分がよろしいようでしたら挨拶に降りて来て欲しいと。」
「お客様……?」
「はい!ラシード将軍です!」
ラシード将軍…昨日私達を迎えてくれたあの人か……。
「わかりました。あの…でも私着替えなどは……。」
「お着替えでしたらこちらにご用意があります!」
ミーナはパタパタと部屋の奥へと続く扉を開けた。そこには何着もの着替えや靴、宝飾品などが置いてある。
「これは一体……」
サイズはすべて私に合わせてあるようだ。まるでこの屋敷に私が来るのが大分前から決まっていたかのように。
「ジョエル様があらかじめこちらに届けて下さっていたんです!本当に素敵な旦那様ですね!」
ミーナは目をキラキラさせて部屋に並ぶドレスや宝石を見ている。
確かにどれも素敵だがこの国は財政難……。とてもじゃないがこんなドレス普段着としては着られない。ミーナはすごく残念そうだったが私はその中でも特に控えめな物を選んだ。
「着るのを手伝ってくれる?」
そうお願いするとミーナは元気な声ではい!と答えた。
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