257 / 331
7章
37ー10 リュカ
しおりを挟むおはようございます。ニコです。
突然ですが俺は先日から馬になりました。それもハンサムな駿馬です。そうです。名馬ってやつです。
「ほらっ!ニコ!走って!!」
このクソガ……いえ、利発なお子様はマーヴェル家の二男シャノン様です。
「ニンジンあげないよ!?もっと早く走ってよ!!」
「シャノン!あまりニコを困らせては駄目よ!」
美しい母君がクソガキをたしなめます。今日もとてもお美しいです。男の(しかもオッサン)の相手をさせられていたあの日々を思えばここは天国です。
「ニコ、シャノンがいつもごめんなさいね。これ、後で皆で食べてね。」
そう言って母君…マリオン様はいつも俺にお菓子を持たせてくれます。手が綺麗。いい匂い。もう最高です。
「毎日大変だなニコ。今日もお馬遊びか?」
「腰が痛いよノア。そっちは庭の手入れ?へぇ、大分剪定がうまくなったね!」
マーヴェル家の敷地は広いなんてもんじゃなかった。ジョエル様が暮らす本邸に、二人の弟君がそれぞれ暮らす別棟。離れに庭にと…ようやく最近迷子にならなくなった。
ジョエル様の優しさで雇われたのだと思っていたが、人手不足と言うのは本当らしい。
「まぁそうだよな。公爵家ともなると使用人の身元もしっかりしてなきゃだろうし…。」
それでもジョエル様は俺達を快く雇い、空いた時間には文字や簡単な計算も教えてくれた。
「うちが没落しても就職出来るようにな。」
俺らが感謝するたびジョエル様は口癖のようにそう言う。
「本当に幸運だったな…。」
「あぁ…全部あいつのお陰だ。」
「そう言えばあいつ今日休みだったよな?何してんの?」
「あいつならいつものとこだよ。」
ノアは白い歯を見せて笑った。
************
「だぁぁーーーーーーっ!!!」
木刀片手に金色の髪の少年が大男へと勢い良く飛びかかった。自分の倍もあろうかという大男の手は少年の一撃にビリビリと痺れ顔を歪ませた。
「へへっ。ゴンザロ今“いってー!!”って思っただろ!」
「うるせーリュカ!!そのちっこい身体のどこにこんな馬鹿力があるんだよ!ったく。」
そうは言うが、こうやって訪ねて来ては戦いを挑んでくるリュカに、ゴンザロは満更でもない顔だ。
伯爵邸での一件の後、ゴンザロは自分が助けた少年達をジョエル様が見付けた事で無罪となり、今は僕のいた孤児院で子供達に囲まれて働いている。
「どうだ?ジョエル様のお屋敷での暮らしには慣れたか?」
「うん!皆いい人ばかりなんだよ。僕達が身元のよくわからない孤児でも差別しないでいてくれるし、ニコもノアも楽しそうにやってるよ!でも……」
「……でも?」
「…ジョエル様の母君は少し心を病んでるみたいなんだよね…家族仲がちょっと……。ジョエル様はあんなに明るく頑張ってるのにさ。」
弟がいるとは聞いたけど、まさか父君の愛人の子供だとは思いもしなかった。しかも二人。それでもジョエル様自身の口から聞いた訳じゃない。ジョエル様にとってあの二人の弟は実の弟なのだ。
「…どこの家だって誰にも踏み込めない闇があるもんさ。それが小さいか大きいかの違いだけでな。」
ゴンザロの言う通りだ。僕のいた場所にもいつも闇があった。全部大きくて最後は特大だったけど……。
「だから…僕がもっともっと強くなってジョエル様を守るよ。」
「もうちっと大きくならなきゃ無理だな。」
「僕がチビだって言ってんの!?見てろよ!あと何年かしたら背の高い美青年の出来上がりだ!」
「言うのはタダだかんな……。」
相変わらずの憎まれ口だ。でもここに来てゴンザロはよく話すようになった。子供達のお陰だろう。
「リュカ!!」
「コリン!また大きくなったね!」
高く上げてやるときゃあきゃあと喜ぶ。
ジョエル様の計らいで、休みの日はここを訪れる事を許して貰ってる。それに馬まで貸し出して下さった。
「リュカ!お馬さん乗りたい!」
「よし、ちょっとだけだぞ!」
毎日がキラキラと輝くようだった。
とても幸せだった。
*************
月日は経ち、僕達はすっかり大人の仲間入りをする年頃になった。
僕達の日々は相変わらず平和だったが、この頃からジョエル様と家族の間には、目に見えない罅が修復が困難なほどに刻まれていった。
父君のダニエル様はもう何日もこの屋敷に帰ってこない。母君のジョセリン様は心の病が取り返しのつかないところまで進んでしまって、今は本邸ではなく離れで暮らしている。
…そしてあんなに仲の良かった弟君達とも何だかギクシャクしているように見える。
詳しい事情は誰に聞いてもわからない。ジョエル様も淋しそうに微笑むだけで何も言わない。僕達は静まりかえった屋敷でただ淡々と仕事をするだけの日々になった。
昔からよくジョエル様の所に遊びに来ている令嬢がいた。マチルド様と言うストロベリーブロンドの派手な令嬢だった。ジョエル様はこういう女性が趣味なのかと思ったが、見ているとどうやらお互いそういう感情とは違うようだ。
そのマチルド様がある日血相を変えて屋敷に飛び込んできた。馬車は黒く家紋もない。
ジョエル様の部屋でしばらく何やら話し込んでいたようだったが、帰る時マチルド様の衣服や髪が乱れていた。目には涙の痕も。
明らかに情事の残り香が漂うようなその光景に、何故かはわからないが心が痛んだ。
「リュカ…急いでゴンザロの所へ行ってくれるか?聞いてきて欲しい事がある。」
「はい…どんな事ですか?」
「少し危ない仕事を引き受けてくれる人間を探してる。至急だ。そして口が堅いのが条件。頼む。」
「わかりました。」
僕は急いでゴンザロの元へと駆けた。
きっとあのマチルドという女が原因だ。胸の中は不安でいっぱいだった。
「……何かまずいことに巻き込まれたのか?」
ゴンザロは難しい顔で答えた。
「理由は教えて貰えなかった。でも至急だって!」
「…危ない仕事って事は…場合によっちゃ人の命を奪うって事だろ?あのジョエル様がか?」
人の命を……考えなかった訳じゃない。
でもあのジョエル様がそこまでしなければならない何かがあるはず。
「リュカ。そういう奴らは確かにいる事はいる。だがな、雇い主がマーヴェル家の長男だと知れば一生纏わり付かれる事になるぞ。この事をネタに脅される事だってな。」
「そんな……。」
何も言えずにいる僕に、ゴンザロは紙に何かを書いて渡した。
「…一応それが仲介人の連絡先だ。」
「…ありがとゴンザロ。」
馬を走らせながら頭の中はゴンザロの言った言葉がぐるぐると回っていた。
ジョエル様が困っている。
僕には何も出来ないのだろうか。
屋敷に着いてジョエル様にゴンザロから受け取った紙を渡す。
「すまなかったなリュカ。この事は内密に頼む。」
「…ジョエル様……。」
「何だ?」
「何かお困りですか?」
ジョエル様は一瞬躊躇うような素振りを見せて首を振る。
「お前の気にする事じゃない。」
そう言って笑う。いつものように。
「ゴンザロはその紙に書いてある奴らを使うことに反対でした。ジョエル様の身元を知られればそれをネタに一生脅かされるかもしれないって。」
「リュカ…時間が無いんだ。」
「僕がやります!!」
急に叫んだ僕にジョエル様は驚く。
「僕は…ジョエル様のためならどんな汚い事だってして見せる!僕はいつかジョエル様のために役に立とうと…それだけを考えて生きてきた!だから、だから僕を行かせて下さい!!」
「…リュカ………。」
ジョエル様は僕をしばらく見つめていた。
「殺して貰わなければならない。一人残らず……。」
「やれます。誰にも知られずに。」
「お前はそれで本当にいいのか?」
「僕の命は…そしてこの先の未来は今と変わらずジョエル様と共にあると思っています。」
あの日僕は自分自身に誓ったんだ。
ジョエル様のために生きると。
「わかった。……頼んだリュカ。」
暗闇の中で、恐ろしいほどに心は穏やかだった。叫びながら逃げる人間を苦しませないようにと躊躇わずに斬ると、辺りに勢いよく血飛沫が散る。
僕は英雄になりたかった。オットー公爵のように強く優しい英雄に。けれど今の僕の英雄はジョエル様だ。誰よりも気高く優しいあの人のためなら僕の手がどんなに汚れたって構わない。
屋敷からは悲鳴が消え、月明かりに照らされた室内は錆びたような臭いと折り重なる死体で地獄のようだ。
その時、部屋の角にあった鏡に映る自分自身に目を見張った
返り血を浴びた金色の髪が赤く染まっている。
「…ジョエル様……」
その瞬間、身体中の血が沸騰するように騒いだ。心臓が自分の意思とは関係無しに早鐘を打つ。
もしかして僕は…僕はジョエル様を………。
最後に屋敷に火を放った。
あぁ…綺麗だな…。
炎の色も赤い…何よりも愛しい僕の赤。
この炎は狼煙だ。これから始まるジョエル様の未来への。
僕にはこの身を血で染め上げる未来が待っているのだろう。それでも構わない。
どんな罰も全て受けよう。でも最期は…最期だけは……
「…ジョエル様の側で死にたい……。」
24
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
塔に住むのは諸事情からで、住み込みで父と暮らしてます
ちより
恋愛
魔法のある世界。
母親の病を治す研究のため、かつて賢者が住んでいたとされる古塔で、父と住み込みで暮らすことになった下級貴族のアリシア。
同じ敷地に設立された国内トップクラスの学園に、父は昼間は助教授として勤めることになる。
目立たないように暮らしたいアリシアだが、1人の生徒との出会いで生活が大きく変わる。
身分差があることが分かっていても、お互い想いは強くなり、学園を巻き込んだ事件が次々と起こる。
彼、エドルドとの距離が近くなるにつれ、アリシアにも塔にも変化が起こる。賢者の遺した塔、そこに保有される数々のトラップや魔法陣、そして貴重な文献に、1つの意思を導きだす。
身分差意識の強い世界において、アリシアを守るため、エドルドを守るため、共にいられるよう2人が起こす行動に、新たな時代が動きだす。
ハッピーエンドな異世界恋愛ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる