【本編完結】マリーの憂鬱

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7章

37ー10 リュカ

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    おはようございます。ニコです。
    突然ですが俺は先日から馬になりました。それもハンサムな駿馬です。そうです。名馬ってやつです。

    「ほらっ!ニコ!走って!!」

     このクソガ……いえ、利発なお子様はマーヴェル家の二男シャノン様です。

    「ニンジンあげないよ!?もっと早く走ってよ!!」

    「シャノン!あまりニコを困らせては駄目よ!」

    美しい母君がクソガキをたしなめます。今日もとてもお美しいです。男の(しかもオッサン)の相手をさせられていたあの日々を思えばここは天国です。

    「ニコ、シャノンがいつもごめんなさいね。これ、後で皆で食べてね。」

    そう言って母君…マリオン様はいつも俺にお菓子を持たせてくれます。手が綺麗。いい匂い。もう最高です。


    「毎日大変だなニコ。今日もお馬遊びか?」

    「腰が痛いよノア。そっちは庭の手入れ?へぇ、大分剪定がうまくなったね!」

    マーヴェル家の敷地は広いなんてもんじゃなかった。ジョエル様が暮らす本邸に、二人の弟君がそれぞれ暮らす別棟。離れに庭にと…ようやく最近迷子にならなくなった。
    ジョエル様の優しさで雇われたのだと思っていたが、人手不足と言うのは本当らしい。

    「まぁそうだよな。公爵家ともなると使用人の身元もしっかりしてなきゃだろうし…。」

    それでもジョエル様は俺達を快く雇い、空いた時間には文字や簡単な計算も教えてくれた。

    「うちが没落しても就職出来るようにな。」

    俺らが感謝するたびジョエル様は口癖のようにそう言う。

    「本当に幸運だったな…。」

    「あぁ…全部あいつのお陰だ。」

    「そう言えばあいつ今日休みだったよな?何してんの?」

    「あいつならいつものとこだよ。」

    ノアは白い歯を見せて笑った。





                   ************





    「だぁぁーーーーーーっ!!!」

    木刀片手に金色の髪の少年が大男へと勢い良く飛びかかった。自分の倍もあろうかという大男の手は少年の一撃にビリビリと痺れ顔を歪ませた。

    「へへっ。ゴンザロ今“いってー!!”って思っただろ!」

    「うるせーリュカ!!そのちっこい身体のどこにこんな馬鹿力があるんだよ!ったく。」

    そうは言うが、こうやって訪ねて来ては戦いを挑んでくるリュカに、ゴンザロは満更でもない顔だ。
    伯爵邸での一件の後、ゴンザロは自分が助けた少年達をジョエル様が見付けた事で無罪となり、今は僕のいた孤児院で子供達に囲まれて働いている。

    「どうだ?ジョエル様のお屋敷での暮らしには慣れたか?」

    「うん!皆いい人ばかりなんだよ。僕達が身元のよくわからない孤児でも差別しないでいてくれるし、ニコもノアも楽しそうにやってるよ!でも……」

    「……でも?」

    「…ジョエル様の母君は少し心を病んでるみたいなんだよね…家族仲がちょっと……。ジョエル様はあんなに明るく頑張ってるのにさ。」

    弟がいるとは聞いたけど、まさか父君の愛人の子供だとは思いもしなかった。しかも二人。それでもジョエル様自身の口から聞いた訳じゃない。ジョエル様にとってあの二人の弟は実の弟なのだ。

    「…どこの家だって誰にも踏み込めない闇があるもんさ。それが小さいか大きいかの違いだけでな。」

    ゴンザロの言う通りだ。僕のいた場所にもいつも闇があった。全部大きくて最後は特大だったけど……。

    「だから…僕がもっともっと強くなってジョエル様を守るよ。」

    「もうちっと大きくならなきゃ無理だな。」

    「僕がチビだって言ってんの!?見てろよ!あと何年かしたら背の高い美青年の出来上がりだ!」

    「言うのはタダだかんな……。」

    相変わらずの憎まれ口だ。でもここに来てゴンザロはよく話すようになった。子供達のお陰だろう。

    「リュカ!!」

    「コリン!また大きくなったね!」

    高く上げてやるときゃあきゃあと喜ぶ。
    ジョエル様の計らいで、休みの日はここを訪れる事を許して貰ってる。それに馬まで貸し出して下さった。

    「リュカ!お馬さん乗りたい!」

    「よし、ちょっとだけだぞ!」

    毎日がキラキラと輝くようだった。
    とても幸せだった。




                 *************






    月日は経ち、僕達はすっかり大人の仲間入りをする年頃になった。
    僕達の日々は相変わらず平和だったが、この頃からジョエル様と家族の間には、目に見えないひびが修復が困難なほどに刻まれていった。

    父君のダニエル様はもう何日もこの屋敷に帰ってこない。母君のジョセリン様は心の病が取り返しのつかないところまで進んでしまって、今は本邸ではなく離れで暮らしている。
    …そしてあんなに仲の良かった弟君達とも何だかギクシャクしているように見える。

    詳しい事情は誰に聞いてもわからない。ジョエル様も淋しそうに微笑むだけで何も言わない。僕達は静まりかえった屋敷でただ淡々と仕事をするだけの日々になった。

    昔からよくジョエル様の所に遊びに来ている令嬢がいた。マチルド様と言うストロベリーブロンドの派手な令嬢だった。ジョエル様はこういう女性が趣味なのかと思ったが、見ているとどうやらお互いそういう感情とは違うようだ。
    そのマチルド様がある日血相を変えて屋敷に飛び込んできた。馬車は黒く家紋もない。
    ジョエル様の部屋でしばらく何やら話し込んでいたようだったが、帰る時マチルド様の衣服や髪が乱れていた。目には涙の痕も。
    明らかに情事の残り香が漂うようなその光景に、何故かはわからないが心が痛んだ。

    「リュカ…急いでゴンザロの所へ行ってくれるか?聞いてきて欲しい事がある。」

    「はい…どんな事ですか?」

    「少し危ない仕事を引き受けてくれる人間を探してる。至急だ。そして口が堅いのが条件。頼む。」

    「わかりました。」

    僕は急いでゴンザロの元へと駆けた。
    きっとあのマチルドという女が原因だ。胸の中は不安でいっぱいだった。


    「……何かまずいことに巻き込まれたのか?」

    ゴンザロは難しい顔で答えた。

    「理由は教えて貰えなかった。でも至急だって!」

    「…危ない仕事って事は…場合によっちゃ人の命を奪うって事だろ?あのジョエル様がか?」

    人の命を……考えなかった訳じゃない。
    でもあのジョエル様がそこまでしなければならない何かがあるはず。

    「リュカ。そういう奴らは確かにいる事はいる。だがな、雇い主がマーヴェル家の長男だと知れば一生纏わり付かれる事になるぞ。この事をネタに脅される事だってな。」

    「そんな……。」

    何も言えずにいる僕に、ゴンザロは紙に何かを書いて渡した。

    「…一応それが仲介人の連絡先だ。」

    「…ありがとゴンザロ。」


    馬を走らせながら頭の中はゴンザロの言った言葉がぐるぐると回っていた。
    
    ジョエル様が困っている。
    僕には何も出来ないのだろうか。

    屋敷に着いてジョエル様にゴンザロから受け取った紙を渡す。

    「すまなかったなリュカ。この事は内密に頼む。」

    「…ジョエル様……。」

    「何だ?」

    「何かお困りですか?」

    ジョエル様は一瞬躊躇うような素振りを見せて首を振る。

    「お前の気にする事じゃない。」

    そう言って笑う。いつものように。

    「ゴンザロはその紙に書いてある奴らを使うことに反対でした。ジョエル様の身元を知られればそれをネタに一生脅かされるかもしれないって。」

    「リュカ…時間が無いんだ。」

    「僕がやります!!」

    急に叫んだ僕にジョエル様は驚く。

    「僕は…ジョエル様のためならどんな汚い事だってして見せる!僕はいつかジョエル様のために役に立とうと…それだけを考えて生きてきた!だから、だから僕を行かせて下さい!!」

    「…リュカ………。」

    ジョエル様は僕をしばらく見つめていた。

    「殺して貰わなければならない。一人残らず……。」

    「やれます。誰にも知られずに。」

    「お前はそれで本当にいいのか?」

    「僕の命は…そしてこの先の未来は今と変わらずジョエル様と共にあると思っています。」

    あの日僕は自分自身に誓ったんだ。
    ジョエル様のために生きると。

    「わかった。……頼んだリュカ。」




    暗闇の中で、恐ろしいほどに心は穏やかだった。叫びながら逃げる人間を苦しませないようにと躊躇わずに斬ると、辺りに勢いよく血飛沫が散る。
    僕は英雄になりたかった。オットー公爵のように強く優しい英雄に。けれど今の僕の英雄はジョエル様だ。誰よりも気高く優しいあの人のためなら僕の手がどんなに汚れたって構わない。


    屋敷からは悲鳴が消え、月明かりに照らされた室内は錆びたような臭いと折り重なる死体で地獄のようだ。
    その時、部屋の角にあった鏡に映る自分自身に目を見張った
    返り血を浴びた金色の髪が赤く染まっている。

    「…ジョエル様……」

    その瞬間、身体中の血が沸騰するように騒いだ。心臓が自分の意思とは関係無しに早鐘を打つ。
    
    もしかして僕は…僕はジョエル様を………。



    最後に屋敷に火を放った。
    あぁ…綺麗だな…。
    炎の色も赤い…何よりも愛しい僕の赤。

    
    この炎は狼煙だ。これから始まるジョエル様の未来への。
    僕にはこの身を血で染め上げる未来が待っているのだろう。それでも構わない。
    どんな罰も全て受けよう。でも最期は…最期だけは……

    「…ジョエル様の側で死にたい……。」       


    

    



    
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