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8章
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しおりを挟むその美しい顔は俺への憎悪に歪んでいる。
一体これは誰だ。
俺の記憶の中のこの男には表情など無く、いつも冷たい目だけで全てを語るような人間だった。そんな男が感情を剥き出しにして今にも俺を噛み殺しそうな顔をしている。まるで別人だ。
「どうした?考え事とは随分余裕だな。」
「くっ……!」
剣を押し込む力は緩むどころか増して行く。何故だ。体格は俺の方が勝っている。
「束の間の逃避行は楽しかったか?愛した女の人生を意のままに操れてさぞかし気分が良かった事だろう。おまけにギヨームを使ってダレンシア国王を傀儡にして…何を企んでいたんだ?」
(どこでそれを…!どこまで掴んでる!?)
「…うるさい!!権力に物を言わせて彼女を手に入れたお前に何がわかる!!」
ジョエルの言葉にユリシスはニヤリと嗤う。
「お前、マリーから“愛してる”とは言われたか?」
「!?」
「ははっ。その顔…実に滑稽だなジョエル。私が権力でマリーを手に入れた?勘違いも甚だしいんだよ。」
「何だと!?」
ジョエルは頭に血が上るのを抑えられなかった。力任せにユリシスの剣を薙ぎ払い、後ろへ下がって距離を取った。
「彼女はお前との結婚を迷っていた!彼女は元々は俺を想ってくれていたんだ!それなのに…それなのにお前が横から拐ったんだ!だから命を懸けて取り返しただけだ!!」
ジョエルの言葉にユリシスは更に嗤う。側で聞いていたクリストフも、あまりにジョエルを小馬鹿にしたユリシスのその態度に目を剥く。
「何がおかしい!!」
ジョエルの怒声もユリシスにはまったくと言っていいほど響かない。そしてひとしきり嗤った後、今度は冷たく蔑むような目をジョエルへと向けた。
「マリーは初めから迷ってなどいない。お前の企みを聞き出すために賭けに出たんだよ。弱く守られてばかりの自分から、私と生涯を共に生きるために踏み出したんだ。」
そうだ。あの時から…私と結ばれてからのマリーはもはや庇護されるばかりの公爵令嬢ではなくなった。彼女は彼女の意思で歩き出したのだ。その方法が良いか悪いかなんて誰にも裁く権利は無い。マリーの人生はマリーだけのもの。そしてマリーの人生は私の人生でもある。
「そんな妄言誰が信じるか!!」
ジョエルは固く剣を握り締め、ユリシスめがけて勢いよく斬り込んで来た。
「動くなクリストフ!!」
咄嗟に前に出ようとしたクリストフをユリシスが止めた。そして正面からジョエルの剣を受け止めながらユリシスは再び嗤う。まるでジョエルの怒り狂う様を心の底から楽しむように。
(さっきからジョエル様を煽りまくって何やってんの殿下!?しかもその悪い笑顔!これじゃどっちが悪者かわかんないよ!!)
クリストフはこの一件についてのユリシスの心の深淵を覗いたような気がしていた。今までユリシスが多くを語らなかったのは決して平気な訳ではなかった。 心の奥底に身を焼き付くすような怒りと憎しみを抱え、それを周囲に隠しながらひたすらに頭を働かせていたのだ。ジョエルを確実に仕留め、自分からマリーを奪った事を死ぬその瞬間まで後悔させるために。
「私を欲しいと言ったのはマリーだ。だから愛し合った。何度も何度もな。それが妄言だと言うなら証明してくれよ。お前はマリーに言われたのか?“あなたがいないと生きていけない”“あなたに会えて幸せよ”とな。」
そう言って美しく意地悪く微笑む様は悪魔のよう。
「黙れぇぇっ!!!」
喉が張り裂けんばかりのジョエルの悲鳴にも似た叫びが辺りに響き渡った。
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