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8章
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しおりを挟む「お前らの主はどこへ行った!?」
ユリシスはわざと声を張り上げた。
ラシードが先頭にいたのは戦いが始まる前までだった。その後は後ろに下がり、勝敗が決するのを待っているのだろう。
「この国の男はそんなに弱いのか?部下を殺し合わせて自分は高見の見物とは呆れたものだ。見ろ!カイデンは部下達の先頭に立ち勇ましく戦っているではないか!人間とはこういう時に真の性根が知れると言うものよ。お前達ラシードに命を預けて本当に大丈夫なのか!?」
ユリシスの声に周りの者も続く。
「その通りですな殿下!お前ら、ラシードがどれほど卑怯で狡猾な男か知っているか?お前らはあいつにとってただの捨て駒だ。レオナルド国王を失えばお前達だけではない家族もひどい仕打ちを受ける事になるぞ?」
そしてカイデンの言葉に少しずつ敵兵の間にもともとあった猜疑心のようなものが大きく広がって行く。
「こそこそ隠れてないで出てこいよラシード!!この臆病者が!!このユリシスの首、取れるものなら取ってみろ!」
兵達の視線が後方のラシードに集まった。
臆病者とまで罵られたラシードは周りの視線も手伝って前進を余儀なくされた。
「くそっ!この若造が…!!おいお前ら!行くぞ!!」
そしてラシードは残りの部下を連れ前線へ向かって馬で駆け始めた。
「来るぞ皆!!覚悟はいいか!?とにかくラシードの首を獲るぞ!!あいつを討てば全てが終わる!!」
ユリシスに向かって全員が笑顔で頷いた。
残る敵兵全てがぶつかってくればどうなるかは目に見えていたが、誰一人として恐怖は感じていなかった。
敵兵が一気に押し寄せる。
ダレンシア兵は奮戦したが、数で勝るラシード軍はついにユリシス達を王宮前まで追い詰めた。
「こうなったら王宮内に立て籠るしかないか……入り口を爆破する用意をしろ!」
ユリシスが籠城戦を覚悟したその時だった。
「何だ!?まさかラシードの援軍がまだいたのか!?」
大地を揺らすような音がここまで響いて来る。
「まずいな…これ以上は味方も持たない。俺が逃げ道を作ります。仲間を早く王宮へ逃がしましょう!」
アランが前へ出たその時だった。
「……嘘だろ……」
クリストフが信じられないものを見付けたと言うように呟く。
「どうしたクリス………」
クリストフの指差す方を向いたユリシスも言葉を失った。
物凄い勢いでこちらへ駆けてくる軍勢はラシード軍に引けを取らない数だ。
その軍勢は黄金の鷹が刺繍された旗を掲げている。戦況を見通す目と運を掴み獲る手を象徴したその旗は
「あれはうちの……レーブンの軍旗……!」
軍勢は前進していたラシード軍の後方へ勢いよくぶつかって行った。
まさかのふいを突かれたラシード軍は混乱に陥る。
「今だ…!僕らも行くぞ!挟み撃ちだ!!」
未だ事態が飲み込めていないクリストフだったがとにかく今は撃って出るしかないと己が先陣を切って突っ込んで行った。
「何だ!!一体どういう事だ!?」
前にも後ろにも引けなくなったラシード軍の隊列は乱れ兵士は混乱し、戦況は一気に変わった。
「クリストフ!道は俺が作る!お前はラシードの首を獲れ!!」
アランの掛け声に呼応した兵士もクリストフのために次々と敵兵を倒し道を開けて行く。
「お前達!私を守れ!早く!!」
ラシードは慌てて自兵を楯にしようとするがアラン達の勢いに押された兵士は恐れをなして道を開ける。
「何をしている!!早く……!!」
気付いた時には目の前に艶やかな栗毛の男。
その薄い茶色の瞳はしっかりと私を捉えている。逃がさないとでも言うように。
突如足に激痛が走った。クリストフはラシードが痛みに気を取られた僅かの間に馬上からその身体を引きずり降ろした。
地べたに這いつくばりながらも逃げようとするラシードの背中に強く足を乗せクリストフは剣を振り上げる。
「ま、待て!欲しいものならなんでもやる!!王座か!?それならお前にやろう!この国はもう落としたも同然だ!な……」
「黙れ」
ラシードの首は音もなく下に落ち、誰もその亡骸に寄る者はいなかった。
残されたラシードの兵士は主だった男には目もくれず我先にと敗走を始めた。
「待て!!逃げる必要はない!!お前達とて我らの家族だ!!罪には問わん!!」
しかしカイデンの叫びもむなしくほとんどの兵士は泣き叫びながら逃げて行く。
「無理に追うな。今はとにかく負傷した者の救助を優先しよう。」
ユリシスの言葉にカイデンは救護兵へと指示を出す。
そして駆け付けてくれたレーブンの兵はこちらへ来るでもなく、どこか気まずそうに少し離れた場所で整列していた。
クリストフはそれに駆け寄り口を開く。
「何で…何でここにいるんだよ…父上は止めただろう?絶対に行くなと。違うかい?」
あの模擬戦の日に見た顔も多い。皆歯を喰い縛るようにしてクリストフを見つめていた。
「何やってるんだよ!父上の命令を破ればどんなきつい罰が待っているか……!そんなに僕の事が信用出来なかったのか!?」
泣きながら叫ぶクリストフにレーブンの兵士も目元を赤くした。
「…違います!!坊っちゃんが…坊っちゃんが心配で俺らは……!!」
一人の兵士がそう言うと、他の者も次々とそれに続き出した。
「坊っちゃんの側にはもうヴィクトルはいない!!だから俺らが坊っちゃんの楯になりに来たんです!!」
「坊っちゃんは俺らにとってはいつまでも掛け替えのない坊っちゃんだから!!」
しかしそれでも怒りを収めないクリストフにユリシスが近付いた。
「…クリストフ。お前、自分は弱いと嘆いていたが、お前にとって強さとは何だ?」
「え………?」
強さ…すなわち圧倒的な武力の事ではないのか。クリストフはユリシスの問いの奥に隠されたものが何なのかわからない。
「武力か?しかし今回の事をよく考えてみろ。個人でも集団でも、どれだけ武力を誇ろうとも簡単にそれらは覆ってしまう。なのに今私達が勝利を手にする事が出来たのは何故だと思う?」
「それは…うちの援軍が来たから……」
「当たってはいるが違う。そもそも援軍は何故来たのだ?しかもここにいる者達はお前の私兵ではない。レーブンの元に籍を置く者達だぞ。今回の事は重い隊律違反だ。」
クリストフは尚も考えるが答えは出ない。
「この者達をここまで突き動かしたのはお前への想い。お前は赤子の頃から無意識だろうがたくさんのものをこの者達に与えて来たのだろう。育んだ絆は親子と同じ…時にはそれ以上のものだ。お前への強い気持ちがこの勝利をもたらしてくれたのだ。そしてそれこそが誰も真似の出来ないお前の強さ。それは私が望むガーランドを守る者の資質でもある。」
「殿下……。」
「早く労ってやれ。みんなお前にいつものように褒められるのを待ってるぞ?」
そしてユリシスは王宮の方へと戻って行く。
残されたクリストフは自分を追い掛けて来てくれた大勢の家族と向き合った。
「皆バカだよ本当に…。死んだらどうするつもりだったんだよ!!」
「「「坊っちゃん……。」」」
「でも嬉しいよ!!本当はもう駄目だと思ってたんだ!!」
「「「坊っちゃん!!!」」」
クリストフはそう言うと泣きながら逞しい群れに突進して行った。
そしてぐしゃぐしゃの顔で報告した。
「あと僕、お嫁さん決まったから!!」
「「「えぇーーーーー!!!」」」
このレーブン隊の雄叫びで、城内ではまた敵兵が攻めこんで来たと勘違いした者が続出し、しばらく騒ぎは収まらなかった。
ユリシスは王宮へ戻るとカイデンの元へ行きマリーの居場所を尋ねた。
「マリエル様はイアンが王都の安全な場所でお守りしております。殿下も少しお休みに……」
「いや、迎えに行く。場所を教えてくれ。」
ユリシスの身体は血と埃で汚れていた。
それを見たマリアも休むよう促す。
「ユリシス殿下、今はどうかお身体を休めて下さいませ。このマリアが身の回りのお世話をさせて頂きます。」
しかしユリシスの表情は変わらない。
「いや、それは結構だ。」
「えっ……?」
「もう一秒たりともマリーと離れていたくない。迎えに行くにあたってまだまだ元気なレーブンの兵に付き合って貰う。だからマリーの居場所を教えてくれ。」
カイデンは急ぎ場所を知るものを呼んでユリシスの案内を言い付ける。
そしてマリアは腸が煮えるような思いでその様子を見つめていた。
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