288 / 331
8章
22
しおりを挟む「…私は行きません。」
私を出口へと促すイアンにそう返すと、彼は聞き間違えたと思ったのかもう一度外へ出るよう言った。
「ご迷惑なのはわかっています。けれどユーリが死んだという確かな証拠がないのなら、私はガーランドへ帰ることは出来ません。」
彼は命を懸けて私を助けに来てくれたのだ。それなのに彼の安否も確かめず私だけがのうのうと帰るなんてとても出来ない。
「城がラシード将軍に占拠されればその手はこの王都中に伸びて来る!そうなればこの辺りも敵兵で溢れ脱出は不可能です!」
しかしイアンも引かない。
あのユーリの事だ。何としても私をガーランドの家族の元へ帰すために相当念を押したのだろう。
それもすべて私を愛しているから。
「イアン。お願いです。どうかユーリの生死だけでも確認させて下さい。それがわかれば大人しくあなたに従います。どうか…!!」
イアンは顔をしかめて私を見るが、やがて諦めたように溜め息をついた。
「わかりました。今部下に城の様子を探りに行かせます。どんな結果であろうともそれで納得して頂きます。良いですね?」
「わかりました。…ありがとう、イアン。」
イアンは私を屋敷から連れ出した者の中から一人に声を掛けた。私のせいで彼を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
「本当にごめんなさい……!」
その時の私には精一杯頭を下げて謝る事しか出来なかった。
他国とはいえ公爵令嬢であり世継ぎの王子の子を身籠る婚約者が一介の兵士に頭を下げるなど有り得ない事。
イアンもその部下もどうしたら良いのかわからず、ただマリーに頭を上げるように頼んだ。
彼らは私のために力を尽くしてくれているが、それはユーリのお陰であって私の力ではない。
いつもいつも守られてきた。お父様…そして今はユーリに。
ユーリは己の命がどれほど尊いものか嫌というほどよく知っている。そしてその命が何よりも危険に晒されている時に私の命の心配を。
取るに足らない私の命を自分のそれよりも大切に愛おしく想ってくれる人。もうこんな人には二度と出会えない。
だから…だからこそ後で知るなんて嫌だ。例えあなたの命が失われようとも私はそれを自分の目で、耳でしっかりと受け止める。
もう逃げたりなんてしない。
あなたはきっと帰って来てくれる。
城の方角を見つめても目の前が歪んでよく見えなかった。
イアンの部下が出ていって半刻ほど経った。
「…来る!!」
イアンが慌てて立ち上がる。
「マリエル様!!こちらへ!!」
迫ってくる蹄の音は追手がかなりの数である事を教えていた。
「こちらに隠れていて下さい。何があっても決して声を出さないようお願いします。」
イアンは私を部屋の奥の物置場に隠すと上から掛け布を被せた。
そして自らは戸口に立ち、外の様子を伺っている。
蹄の音はこの家の前で止まった。
イアンが剣を構える。
これでいいのだろうか。これで本当に……。
「マリエル様!?」
「イアン…隠れるのはあなた達の方だわ。」
「何を仰っているのです!?早く隠れて下さい!!」
「いいえ。私さえ出て行けば済む事よ。だからあなた達は隠れて。」
しかしイアンは頑なにそれを拒む。
「あなたは…あなたのお腹にはガーランドの世継ぎの王子の子がいるんですよ!?その子は未来のガーランドの王になるかもしれない子!我らの命などそれに比べれば……!!」
「命に上下などありません。それに…万が一この国が敵の手に落ちてしまった時は、あなたが主の意志を継いで立たねばなりません。この国の罪なき民を救うために。」
「マリエル様……。」
「私はガーランド第一王子ユリシスの妻です。そしてこの子もその誇り高き血を継いでいる。あなた達を生かすためなら喜んでこの命を差し出しましょう。……なんて、格好つけた事を言っちゃったけど…敵の出方次第ではまだまだ私も生き残る可能性がたくさんあるわ。」
言いながら手が震える。
「だから大丈夫。ありがとうイアン。皆さんも。」
私は尚も止めようとする皆を振り切って隠し扉を閉めた。
男達が何やら笑いながら話している。中にいるのが女だからと、下卑た話でもしているのだろう。
ジョエル様はどうなったのだろう。彼に何かあれば私はあの男達に下げ渡されるのだろうか。
足音が扉の前で止まる。鍵のかかったドアが向こう側にいる相手の苛立った気持ちを表すようにガチャガチャと何度も音を立てている。
そしてドアを蹴り上げる音が響き始めた。すごい力だ。何度目かの音が響くとドアの留め具はガキッと外れ、こちらへむかって倒れて来た。
「……っ!!」
悲鳴を押し殺し身体を抱いてうずくまる。
怖い…本当は物凄く怖い…ユーリ…ユーリ!
「………マリー………?」
耳に馴染む優しく低い声。
嘘だ。そんな訳ない。
「マリー!!」
でもその声は再び私を呼んだ。
「………ユーリ!!!」
28
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
塔に住むのは諸事情からで、住み込みで父と暮らしてます
ちより
恋愛
魔法のある世界。
母親の病を治す研究のため、かつて賢者が住んでいたとされる古塔で、父と住み込みで暮らすことになった下級貴族のアリシア。
同じ敷地に設立された国内トップクラスの学園に、父は昼間は助教授として勤めることになる。
目立たないように暮らしたいアリシアだが、1人の生徒との出会いで生活が大きく変わる。
身分差があることが分かっていても、お互い想いは強くなり、学園を巻き込んだ事件が次々と起こる。
彼、エドルドとの距離が近くなるにつれ、アリシアにも塔にも変化が起こる。賢者の遺した塔、そこに保有される数々のトラップや魔法陣、そして貴重な文献に、1つの意思を導きだす。
身分差意識の強い世界において、アリシアを守るため、エドルドを守るため、共にいられるよう2人が起こす行動に、新たな時代が動きだす。
ハッピーエンドな異世界恋愛ものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる