【本編完結】マリーの憂鬱

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8章

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    「…私は行きません。」

    私を出口へと促すイアンにそう返すと、彼は聞き間違えたと思ったのかもう一度外へ出るよう言った。

    「ご迷惑なのはわかっています。けれどユーリが死んだという確かな証拠がないのなら、私はガーランドへ帰ることは出来ません。」

    彼は命を懸けて私を助けに来てくれたのだ。それなのに彼の安否も確かめず私だけがのうのうと帰るなんてとても出来ない。

    「城がラシード将軍に占拠されればその手はこの王都中に伸びて来る!そうなればこの辺りも敵兵で溢れ脱出は不可能です!」

    しかしイアンも引かない。
    あのユーリの事だ。何としても私をガーランドの家族の元へ帰すために相当念を押したのだろう。
    それもすべて私を愛しているから。

    「イアン。お願いです。どうかユーリの生死だけでも確認させて下さい。それがわかれば大人しくあなたに従います。どうか…!!」

    イアンは顔をしかめて私を見るが、やがて諦めたように溜め息をついた。

    「わかりました。今部下に城の様子を探りに行かせます。どんな結果であろうともそれで納得して頂きます。良いですね?」

    「わかりました。…ありがとう、イアン。」

    イアンは私を屋敷から連れ出した者の中から一人に声を掛けた。私のせいで彼を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

    「本当にごめんなさい……!」

    その時の私には精一杯頭を下げて謝る事しか出来なかった。
    他国とはいえ公爵令嬢であり世継ぎの王子の子を身籠る婚約者が一介の兵士に頭を下げるなど有り得ない事。
    イアンもその部下もどうしたら良いのかわからず、ただマリーに頭を上げるように頼んだ。


    彼らは私のために力を尽くしてくれているが、それはユーリのお陰であって私の力ではない。
    いつもいつも守られてきた。お父様…そして今はユーリに。
    ユーリは己の命がどれほど尊いものか嫌というほどよく知っている。そしてその命が何よりも危険に晒されている時に私の命の心配を。
    取るに足らない私の命を自分のそれよりも大切に愛おしく想ってくれる人。もうこんな人には二度と出会えない。
    だから…だからこそ後で知るなんて嫌だ。例えあなたの命が失われようとも私はそれを自分の目で、耳でしっかりと受け止める。
    もう逃げたりなんてしない。
    あなたはきっと帰って来てくれる。
    
    城の方角を見つめても目の前が歪んでよく見えなかった。
      



    イアンの部下が出ていって半刻ほど経った。
    
    「…来る!!」

    イアンが慌てて立ち上がる。

    「マリエル様!!こちらへ!!」

    迫ってくる蹄の音は追手がかなりの数である事を教えていた。

    「こちらに隠れていて下さい。何があっても決して声を出さないようお願いします。」

    イアンは私を部屋の奥の物置場に隠すと上から掛け布を被せた。
    そして自らは戸口に立ち、外の様子を伺っている。
    蹄の音はこの家の前で止まった。
    イアンが剣を構える。
    これでいいのだろうか。これで本当に……。

    「マリエル様!?」

    「イアン…隠れるのはあなた達の方だわ。」

    「何を仰っているのです!?早く隠れて下さい!!」

   「いいえ。私さえ出て行けば済む事よ。だからあなた達は隠れて。」

    しかしイアンは頑なにそれを拒む。

    「あなたは…あなたのお腹にはガーランドの世継ぎの王子の子がいるんですよ!?その子は未来のガーランドの王になるかもしれない子!我らの命などそれに比べれば……!!」

    「命に上下などありません。それに…万が一この国が敵の手に落ちてしまった時は、あなたが主の意志を継いで立たねばなりません。この国の罪なき民を救うために。」

    「マリエル様……。」

    「私はガーランド第一王子ユリシスの妻です。そしてこの子もその誇り高き血を継いでいる。あなた達を生かすためなら喜んでこの命を差し出しましょう。……なんて、格好つけた事を言っちゃったけど…敵の出方次第ではまだまだ私も生き残る可能性がたくさんあるわ。」

    言いながら手が震える。

    「だから大丈夫。ありがとうイアン。皆さんも。」

    私は尚も止めようとする皆を振り切って隠し扉を閉めた。

    男達が何やら笑いながら話している。中にいるのが女だからと、下卑た話でもしているのだろう。
    ジョエル様はどうなったのだろう。彼に何かあれば私はあの男達に下げ渡されるのだろうか。
    足音が扉の前で止まる。鍵のかかったドアが向こう側にいる相手の苛立った気持ちを表すようにガチャガチャと何度も音を立てている。
    そしてドアを蹴り上げる音が響き始めた。すごい力だ。何度目かの音が響くとドアの留め具はガキッと外れ、こちらへむかって倒れて来た。

    「……っ!!」

    悲鳴を押し殺し身体を抱いてうずくまる。
    怖い…本当は物凄く怖い…ユーリ…ユーリ!




    「………マリー………?」

   


    耳に馴染む優しく低い声。
    嘘だ。そんな訳ない。

    「マリー!!」

    でもその声は再び私を呼んだ。

    「………ユーリ!!!」




    

    
 


    
    
  

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