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8章
50 帰還⑥
しおりを挟むクリストフ様と後ろの家出隊改め除隊組の皆さんが馬車から降りようとしていた私を見つけもじもじニマニマと微笑んでいる。怖い。
「ユーリどういう事!?」
私は後ろを振り返り叫ぶ。
まさか最初から知っていた!?だからこんなに余裕だったの!?しかし私の詰め寄るような視線も彼には全然効きはしない。すました笑みで彼は言う。
「知らなかったよ。父上とアルベールで話し合ったんだろうね。」
…嘘くさい……最高に嘘くさい……。
「本当だよ。でもこうなるだろうとは思ってた。…彼らが駆け付けてくれなかったら私達は命を落としていただろう。第一王子とその妃の命を救ったんだ、本来なら祖国の英雄として迎えられて然るべきだ。だがその勝利の裏で彼らは重大な隊律違反を犯している。それを黙って見逃せばアルベールの隊の統率はどうなる?」
確かに…。隊律違反を罰しなければこの先似たような状況が訪れた時に勝手な判断で動こうとする者が出てしまうかもしれない。
「一旦除隊という罰を与え、君が正式に王子妃となった頃合いで戻す。よく考えたもんだ。しかも彼らは君の事が大好きだ。これからも死ぬ気で守ってくれる。最高の収まり方だね。」
まったくその通りだけれど皆さんが私の事が大好き?本当に?
しかし正面を向けば全てがわかる。その眼差しからは溢れ出る愛。
「い、一生大事にします…!!」
結婚を申し込む男子のような挨拶をしてしまったが、この対応はあながち間違いでもない。
これからお互い命を預け合う仲なのだから。
「殿下、マリエル様。」
いつの間にか側まで来ていたレーブン様が跪いた。
「よくぞご無事で…!城で両陛下がお待ちです。それと…」
レーブン様は私とオデットを見て困り顔だ。
「シモンが死にそうなので早く顔を見せてやって下さい。」
拐われた私もそうだがオデットは陛下もお父様も止める中脱走してきたのだ。それはお父様の心臓へのダメージも大きかっただろう。
「…エリック……!!」
「ひっっ!!レ、レーブン様!ただ今帰りました!!」
「お前にはあとで個別に話がある。ゆっくりとな……。」
「オ、オデット様!!」
「まぁ仕方ないわよね。レーブン公爵、また何かあったらよろしくお願いしますね。」
「オデット様ーーーー!!!」
可哀相にエリック様はレーブン様に首根っこを捕まれ、引きずられるようにして連行されて行った。
「さぁ行こうマリー。シモンが待ってる。」
「はい!ユーリ。」
***
広間に着くと、そこには陛下と王妃様。そしてシャルル様に…
「お父様……!!」
最近治ったと思っていた泣き虫がまた再発したようだ。お父様は私達を見るなり滂沱の涙を流し、オデットに対しては恨み言を垂れ流し始めた。
「行くなって言ってるのに何で言うことを聞かないんだこの子は…!!」
「もう戦いは終わった後だったしマリーが心配だったんだから仕方ないでしょ?もう許してよ。」
「見張りまで付けてたって言うのに一体どうやって彼らを出し抜いたんだ…!」
「…お姉様ったら…」
見張りを出し抜く令嬢なんて聞いた事もない。おそらくその方法も大きな声では決して言えないやつだろう。
「マリーちゃん!!」
そしてお父様を押し退ける勢いでやってきた王妃様は私をきつく抱き締めた。
「お、王妃様!!ただいま戻りました。ご心配をおかけしてしまい…」
「身体は!?お腹の子は大丈夫!?可哀相に…こんな辛い目に遭って…!全部うちの子のせいよ!ごめんなさいねこんな馬鹿息子に惚れられたせいで…!!」
相変わらず息子を罵倒し嫁を可愛がる姿勢はお見事である。
「あなた達!とにかく今は身重のマリーちゃんを休ませるのが先!!シャルル!」
「シャルル様…!」
「マリー!お帰り…!!」
ぎゅうっと抱き締められるとシャルル様の匂いが鼻を掠める。優しく暖かいお日さまの匂い。
「マリー、兄上の宮はその…あんな事があって気持ちが落ち着かないだろうから、しばらく僕の宮においで。兄上が政務の時も僕が側にいるからマリーは安心して休んで?」
「ありがとうございますシャルル様…でもユーリはどこで休むのですか?」
「兄上なんてどこでも寝れるよ。だからマリーはお腹の子の事だけ考えようね。」
シャルル様は天使のような笑顔を向けるが、なんだかその微笑みが黒い。
「どこでも寝れるのはお前の方だ。大人しく宮を替われシャルル。」
しかし兄の言葉をシャルル様は爽やかに無視した。
「兄上が側にいたらお腹の子に障るから。大丈夫だよマリー。僕は子守りも上手だから安心して産むんだよ。」
お腹の子に障ると言われたその人が父親なのですが…。
「あ、あの…シャルル様…?」
困った。シャルル様は半分以上本気だ。この兄弟はどうやら“感動の再会”とは無縁。死地に赴く兄の事も“どうせ無事に帰ってくるだろう”と思っていたに違いない。
どうしたものかと目を泳がせて周りを見ると…
「…本当に…うちの子は馬鹿で困っちゃうなぁ…」
部屋の端でそう陛下が呟いていた…。
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