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8章
53 帰還⑨
しおりを挟む「あんた…正気!?私があんたに何したか忘れた訳じゃないでしょう!?」
「はい。非常に不愉快な思いをしましたがそれだけです。」
「それだけって…いやそれだけで済むような軽い問題じゃないから!!」
「あなたは誰かを傷付けたり騙したりした訳じゃない。ジョエル様に言われた通り動くしかなかっただけです。それが死罪にあたるとは私には到底思えません。」
犯罪者を出した一族郎党が全て刑に処される必要があるのだろうか。たとえ血の繋がりがあったって別の人間なのだ。
「また、生きて償えなどと綺麗事を言うつもりもありません。ただあなたの境遇は私達貴族が作り出したものでもあります。」
偽の薬を掴ませた医者を始め貧しい母娘に厳しい環境を強いたのは政を司る者の責任でもある。
「母が作った療養院なのです。あなた達のような悲しい人を一人でも減らせるようにと…。だからあなたが働いてくれませんか?これからあの場所を頼って訪れる人達の為に。お母様が治療を受けるそばで…。」
マリアンヌは絶句したまま何も言わなかった。馬鹿げた事を言う女だと思っているのだろう。
「…私が裏切るとは思わないの?」
「裏切る?」
「あんたの期待を裏切って逃げるとは思わないのって聞いてるの!」
しかしマリーは“あぁ、そんな事”と笑う。
「期待なんて最初からしてません。だから逃げたかったら逃げてもいいんです。お母様の面倒はちゃんとこちらで見ますから。」
「はぁあ!?」
別に逃げる事は悪い事じゃない。逃げなきゃいけないだけの理由があるのなら逃げれば良いのだ。私がそうだった。遠回りした。心配もかけたが私はあの時逃げたからこそ幸せを手にする事が出来た。
「だから…辛かったら逃げても構いません。」
しかしニコニコと微笑むマリーにマリアンヌは怒鳴り返した。
「は、母親置いて逃げる訳無いでしょ!!働くわよ!働けば良いんでしょ!?」
「はい。よろしくお願いします。私もたまに遊びに行きますから。」
「…あんた…似てきたわね…」
「…? 誰にですか?」
それが銀色の悪魔だと言うことをマリアンヌは黙っていた。
***
「…マリエル様!!」
「エルザさん!!」
王宮内の医務室には痛々しい様子のエルザが横になっていた。そしてまだ塞がらぬ傷に顔を歪めながら起き上がろうとしたのをマリーは急いで止めた。
「マリエル様…よく…よくぞご無事で…!!」
エルザの目からは止めどなく涙が溢れ、自分を支えるマリーの手を強く握った。
「エルザさん…良かった…本当に良かった!ごめんなさい…私のせいであんな酷い目に遭わせて…!!」
マリーはエルザの手を握り返し共に泣いた。
“助からないかもしれない”。瞬時にそう思ったほど酷い出血だった。きっとその美しい肌には一生消えない大きな傷が残るだろう。
「アランがね…殺された皆の仇を取ってくれたわ…!」
「アラン様が…。」
エルザは滲む視界にアランを見付けて微笑んだ。
「申し訳ありません…これではしばらくマリエル様のお世話も出来ません…。」
「そんな…それに…」
エルザもおそらく貴族の娘だろう。あんな目に遭ってまでこの王宮で働いてくれなどとはとても言えない。けれどエルザの答えは予想もしないものだった。
「…エルザはずっと殿下とマリエル様にお仕えしたいのです。必ず元の働きが出来るよう回復するとお約束します。ですからどうかこれからもお側に置いて下さい…!!」
あの日、シャルル様の宮へと案内した日に一介の侍女である私の名を聞き【いつもありがとう】と言ってくれた美しい人。
殿下に関わる女性が私に礼を言ったのは初めての事だった。
首を落とされそうになった私を庇い、血で汚れる事も厭わずに傷にきつくショールを巻いてくれた。あの時マリエル様が処置をしてくれなかったら私は今頃死んでいただろう。愛しい人を二度とこの瞳に映す事なく…。
『エルザです!まだ生きてる!!』
力強い腕が身体を支えてくれた時はうっかりこのまま死んでもいいと思ってしまったがとんでもない。
絶対にお守りする。あの人のように私も命を懸けてお仕えする方を決めたのだ。
「ありがとうエルザさん…!!」
寝台に突っ伏して泣くマリエル様の後ろには銀色に輝く髪と、優しい優しいダークブロンドの髪色。
マリエル様に出会えたことを私は一生神に感謝するだろう。
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