幸せにするって言ったよね

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
3 / 22

2 裏切り者は手懐けよ①

しおりを挟む




 衝撃の顔合わせから二週間後。
 わたしはある計画を実行するために、ラクリモサ公爵邸を訪れた。
 
 「……よくきてくれたね」

 当たり前だが、ノクティス様の声は限りなく暗く、わたしを歓迎していないのが目に見えるようだった。
 それもそのはず、テーブルに並ぶ豪華な軽食と、高級な茶葉を使用して淹れられた紅茶は、すべてベットーニからの援助金で購入されたものだから。
 ゲーム内のエリーゼは、ただノクティスに会いたい一心で、何度もラクリモサ公爵邸を訪れていた。
 両親を亡くした彼の側に寄り添いたいと、その一心だった。
 けれどエリーゼのおとないが、ノクティスの自尊心をこれ以上ないほど傷つけていた事を彼女は知らない。
 エリーゼにとっては楽しいお茶会も、ノクティスからすれば、ベットーニの援助なしでは成り立たない生活を思い知らされる屈辱的な機会にほかならない。
 それでも家門の存続のため、エリーゼを出迎えなければならなかったノクティス。
 ──エリーゼもノクティスも、どっちも被害者だわ

 「ノクティス様、無理なさらなくて良いのですよ」

 「それは、どういう意味?」

 「わたし、先日申し上げましたでしょう?必ずノクティス様を幸せにすると」

 「言ってたけど……」

 自分を不幸にする元凶でもあるお前がどの口で──とでも言いたいのだろうか。
 むしろはっきり言ってくれればいいのに。
 言いたい事を言い合って気心が知れた方が、お互い肩の力が抜けて楽になるはず。

 「ノクティス様を幸せにするために、まずはノクティス様の事を知る必要があります」

 「僕の、なにを?」

 「食べ物の好き嫌いや趣味など。あとは日頃どのような方たちに囲まれて過ごしているのかです。屋敷の皆さんに挨拶して回っても?」

 「良いけど……案内は?」

 「執事にお願いしますわ。ですからノクティス様はわたしに構わず、どうぞお部屋でゆっくりなさってください」

 胡乱うろんな目を向けられたが、他意はないという事を笑顔でアピールした。
 
 「わかったよ……」
 
 「ありがとうございます!」

 「バルト」

 ノクティスは扉の近くに控えていた執事を呼んだ。
 白髪まじりでモノクルを着けたその姿は、まるでゲームから飛び出てきたかのよう。

 「何かあれば彼に聞いてください」
 
 「お心遣い感謝いたしますわ。それじゃあバルト、案内をお願い」

 「……かしこまりました」

 余裕をかましていられるのも今のうちだぞ──と、心の中でほくそ笑みながら部屋を出た。

 「どちらから回られますか?」

 「そうね、まずはあなたの仕事部屋からお願いしようかしら」

 「わたくしの仕事部屋……でございますか」

 「何か不都合でも?」

 「いえ……ではこちらへ」

 案内されたのは屋敷の奥まった場所にある一室。
 中に入るなり目を引かれたのは壁一面の本棚。
 そこには膨大な数の書類が几帳面に整理され、並んでいた。

 「凄いわね。これをあなたひとりで管理しているの?」

 「わたくしは主に奥向きの管理を任されております。領民たちからの請願・陳情などについてはノクティス様が審査をなさっておいでです」

 「そう……ご両親を失って間もないというのに、ノクティス様はご立派ね」

 「はい。まだ幼いながらも懸命に頑張っておられる姿にわたくしどもも胸を打たれます」

 盛大に横領してるやつがよく言うよ、と突っ込みそうになってしまった。

 「バルトが雇用されたのは、先代公爵夫妻の時?」

 「はい。まだ青二才のわたしを執事見習いとして雇ってくださいました。とても良くしていただいて」

 「そう……そんなに良くしてもらったと言うのなら、どうして前公爵夫妻の何よりの宝物であるノクティス様を裏切ったの?」

 「は?」

 「あなた、ラクリモサ領の税収を派手に横領しているそうじゃない」

 






しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥

矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。 でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。 周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。 ――あれっ? 私って恋人でいる意味あるかしら…。 *設定はゆるいです。

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

処理中です...