幸せにするって言ったよね

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4 裏切り者は手懐けよ③

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 その日、バルトはこれまでに得た勝ち金の半分を失った。
 ずっと負け知らずだったのに、まったく勝てなかったのだ。
 賭け金は目の前で没収され、勝負に勝った男の元へと運ばれた。
 皆この前話しかけてきた奴らだ。

 ──まあまあ、そういう日もあるさ
 ──なんだか悪いなぁ
 ──もうやめちまうのか?

 手持ちの金はすべて使ってしまっていた。
 すると支配人と名乗る男がやってきて、こっそりバルトに耳打ちした。

 『お手持ちが足りないようでしたらお貸しできますよ』

 なんでも十日以内に返せば無利子。
 返せなければ返済時に一割上乗せだという。
 家に帰れば金はまだ十分にある。
 それになにより、このままでは悔しくて帰れない。
 バルトは支配人に言われるまま、軍資金を借りる事にした。
 するとその後の勝負は勝ち、借りた軍資金はその場で返せた。

 『いやお見事、さすがですな』

 支配人にも感心され、周りからは賭け金を取り返す事ができ、バルトは上機嫌で帰路についた。
 負けたのは偶然だろう。たまには調子の悪い日もあるさと。

 しかしこの日から、バルトは思うように勝てなくなっていった。
 あんなに負け知らずだったのに、手持ちの金が足りなくなる日が増えた。
 その都度支配人に金を借りていたが、返済も滞るようになっていった。
 遂には家にあった金も底を尽き、バルトに残ったのは多額の借金だけ。
 賭場で知り合った男たちに金を借りようとしたが、皆バルトに対し手のひらを返したように冷たくなった。
 支配人からは職場を突き止められ、公爵家に請求すると脅され、絶望するバルトの前にある男が現れた。
 
 「それがお嬢様のお父上、アントニオ・ベットーニ伯爵だったのです」

 ベットーニ伯爵はバルトの借金を肩代わりする代わりに、公爵家の税収を改ざんしたのち、横領するよう指示したという。
 ベットーニ伯爵はガラの悪い男たちを連れていた。
 逃げたらどうなるか──それは子どもでも予想がつくだろう。
 
 

 「は──────あぁぁぁ」

 特大のため息が口から出ていった。
 話の途中からなんとなくそんな気がしていたが、あの父ときたらいったいどこまで悪党なのか。
 
 「安心なさい。私が何とかするわ」

 「ほ、本当ですか!?」

 「ただその前にひとつだけ聞いておきたい事があるの。正直に答えなさい。でなければお父さまより先にわたしがあなたを始末する」

 バルトはゴクリと喉を鳴らした。

 「あなた、ラクリモサ公爵家を──ノクティス様をどう思っているの」

 彼らを裏切ってしまった罪の意識はあるのか、忠誠心はどの程度持ち合わせているのか。
 それらがバルトの中に一切存在しないというのなら、わたしの手で彼をノクティス様から切り離すしかない。
 けれどもし、やり直せる可能性があるのだとしたら、バルトは何と答える?

 「わ、わたしは守ろうと……お坊ちゃ──いえ、ノクティス様をお守りしようと……こんな事をしでかしたわたしを信じろと言っても無理なのはわかっています。けれど本当にそう思っておりました」

 バルトは手が白くなるほど強く拳を握り、表情には自責の念が滲み出ていた。

 「今度ノクティス様を裏切ったら生命はないと思いなさいよ」

 「わかっております」

 バルトの瞳の奥をじっくりと覗き込んだ。
 ──嘘はついていないようね
 だからといってまだ完全に信用したわけじゃない。

 「……しばらくあなたに監視をつけるわ」

 父の元で勤め上げ、今は隠居生活を送っている者に頼もう。
 父のやり口なら嫌というほど理解しているだろうし、裏切った者がどんな顛末を辿ったかも熟知している分、自身も思い出して震えながら指導にあたってくれるだろう。

 「あなたの学びにもなると思うから、しっかりやりなさい」

 「あ、ありがとうございます!」

 
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