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5 とりあえず解決はしたけれど……
しおりを挟むバルトとの話し合いのあと、以前我が家の経理を担当していた男に会いに行った。
男の名はカルロ──我が家から五体満足で無事引退する事ができた数少ない従業員のひとりだ(*だいたい引退前に◯ぬ)。
彼は突如現れた悪の親玉の娘に腰を抜かした。
「ひっ……ア、アントニオ様!」
「この可愛い少女のどこがおっさんに見えるってのよ。あんた、強めにひっぱたくわよ」
「すみません、背後の覇気からつい錯覚してしまいました」
小娘を形容するには大仰すぎる言葉が聞こえたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「お父さまがまたやってるわ。手を貸しなさい」
カルロは白目で天を仰いだ。
「お嬢様、カルロはもう引退いたしました。こんな老いぼれではお役に立つ事などできません」
「お孫さんと同居してるそうね」
「まっ、孫にだけは手を出さないでください!!」
普通なら『そうなんです。息子夫婦が一緒に住もうと言ってくれまして』とか『可愛くて仕方なくて』とかいう自慢話に繋がるものだろうに、第一声が孫にだけは手を出すなとは。
父がいかにして彼らを支配していたのかが窺い知れる発言だ。
「安心して。あなたの身の安全は保証するし、お孫さんの将来のために色々してやれるくらいの額も渡すわ。……どうせお父さまからは、ろくな退職金も貰ってないのでしょう?」
カルロの顔を見る限り、図星だろう。
恩に報いない悪党の中の悪党、それが我が父アントニオ・ベットーニ。
尽くしてくれた従業員に感謝の言葉を述べるどころか脅してこれまでのことを口止めし、雀の涙程度の金を渡してさっさと追い出したに違いない。
「……今回、旦那様はいったい何をなされたのです?」
「ラクリモサ公爵夫妻の暗殺及び公爵家の税収横領」
カルロの目が比喩でなく飛び出た。
悪事の規模が彼の予想を遥かに上回ったようだ。
カルロよ、父を舐めてはならない。
「あなたにはラクリモサ公爵家のバルトという執事を鍛えてやって欲しいの」
ここまでくると、バルトを辞めさせればいいと言う話ではない。
彼が辞めたところでお父さまは第二、第三のバルトを必ずや送り込んでくる。
それならば父の目を掻い潜り、ラクリモサ公爵家の資産を増やすための策をバルトに授けてやって欲しいのだ。
「ノクティス様が成長されるまでの間でいいの。そうね……あと五、六年といったところかしら」
その頃にはノクティス様も、自身の力でラクリモサ公爵領のすべてを把握できるようになっているはず。
その時がきたら、おそらく父はすべてをバルトのせいにして切るつもりだ。
だが、そんな事わたしがさせやしない
まだ確信は持てないが、バルトには少なからずラクリモサ公爵夫妻、そしてノクティス様への忠義がある。
これからはそういった人材でノクティス様の周囲を固めて行かなければ。
「どう?少しは協力してくれる気になったかしら」
カルロは腕を組み、悩んでいる。
「まあ、ここまで話しちゃったからには逃さないけどね」
「……ええ、ええ。最初からそんな気はしておりました。ですがそれでこそ旦那様の血を受け継ぐお方」
意外な事に、カルロは父の事をただの悪党ではなく、ある種傑物だと思っていたそうだ。
そして父の元で働いていた当時に抱いていたのは恐怖というよりは畏怖。
「勝った者が正義の世の中で、旦那様は常に勝ち続けてこられた。それは本当に、並大抵の事ではありません」
まさかあの父を敬う気持ちを持つ人間がこの世にいたとは。
「今回、わたしは父に勝たなければならないの」
「それは何のために?」
「わたしの人生のためよ」
ノクティス様の幸せは、そのままわたしの幸せに直結する。
カルロはしばらく考えたのち、『わかりました』と頷いた。
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