17 / 22
16 ノクティス⑤
しおりを挟むもうとっくに到着していていいはずなのに、会場を見渡しても彼女の姿を見つける事はできなかった。
「何か問題でも起きたのかしら?」
「問題って……まさか──」
事故だろうか。
両親を失った時の記憶が脳裏を過ぎり、一気に血の気が引いていく。
「大丈夫。ほら、あそこにベットーニ伯爵がいるじゃない。もしも事故なら知らせが来てるはずよ」
「じゃあ、どうして……」
「ベットーニ伯爵に聞いてみるのはどうかしら。父親なんだから、エリーゼに何かあったのなら当然知ってるはず」
果たして本当にそうだろうか。
僕が見てきた限り、エリーゼとベットーニ伯爵は普通の親子とはまるで違う。
特にエリーゼは、僕の事もあって父親を昔から危険視していた。
「何もないならないでいいじゃない。それに婚約者の父親なんだから、挨拶くらいはしなきゃ」
確かによしこの言う通りだ。
気は進まないが、よしこをその場に残し、ベットーニ伯爵の元へと向かった。
「ご無沙汰しております」
「これはこれは、ラクリモサ公爵におかれましてはご機嫌麗しゅう」
ベットーニ伯爵はどちらかといえば人当たりの良い方ではないが、決して無礼な人間ではない。
だからこそ、このカチンとくる言い回しに妙な違和感を覚えた。
「エリーゼの姿が見当たらないのですが、どこにいるかご存知ありませんか」
「さあ……娘の事でしたら私よりも公爵の方がよくご存知なのでは?何といっても二人は婚約者同士ですから」
伯爵の顔は穏やかに微笑んでいるが、さっきから詰られている気がするのはなぜだろう。
「一応お聞きしますが、事故などの知らせはありませんよね」
「ありませんが──」
ほっとしたのも束の間、ベットーニ伯爵から放たれた次の言葉に、僕は頭が真っ白になった。
「万が一娘が事故に遭っていたとして……果たして公爵は、この場に恋人をひとり置いて、娘の元に駆けつける事ができるのでしょうかね?」
「………………は?」
「お二人の噂は随分前に私の耳にも入ってきましたよ。まさかとは思いましたがね……娘の気持ちを思うと胸が痛みます」
ベットーニ伯爵はわざとらしく胸に手を当て表情を歪ませた。
「いったい何の事でしょう……恋人?二人の噂?」
「おやまあ水臭い。家族になろうとした仲ではありませんか。どうか今だけわたしを本当の父だと思って、本心を打ち明けてはくれませんか」
「本心って、だからいったい何の事をおっしゃっているのですか!?」
思わず大きな声を上げてしまい、周囲の視線が集中する。
ベットーニ伯爵はというと、面食らったような顔をして、やや後ろに仰け反った。
「……本当にご存知ないのですか?」
「ですから、本当にわからないのです!」
「失礼ですが、わたしは公爵がそのようにめかしこんだ姿を拝見した事がない。娘とはもう五年も共に過ごしているのにです」
「それは……年頃のエリーゼには申し訳ない事をしたかもしれません。ですが、わたしは自身の贅沢よりも公爵領を立て直さなければならなかった」
最初は純粋に領民のため──ラクリモサ公爵家が代々守ってきたものを、自分の代で潰えさせるわけにはいかないという一心だった。
だがエリーゼと過ごすうちに、僕の中に新たな思いが芽生え始めた。
エリーゼと結婚したあと、男として、彼女に不自由だけはさせたくない。
生活水準を下げた暮らしをさせたくないという、半ばくだらない男のプライドというか、とにかく意地になっていたのだ。
566
あなたにおすすめの小説
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥
矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。
でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。
周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。
――あれっ?
私って恋人でいる意味あるかしら…。
*設定はゆるいです。
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる