王女は魔道師団長の愛に溺れる

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プロローグ






 鬱蒼と茂った木々の中で一際太い幹の陰に、少女は震えながら身を隠していた。

 「パティ……アーロン……みんな、どこにいるの……?」

 はぐれてしまった侍女と護衛の名を叫ぶことはできない。
 なぜなら彼ら──魔物に居場所が見つかれば、自分は殺されてしまうから。

 少女の名はリーリア・アルムガルド。

 このアルムガルド王国現国王の末姫だ。
 夏の暑さ厳しい王都を離れ、姉姫たちと避暑地で過ごしていたリーリアは、王都へ戻る帰路の途中だった。
 しかし、抜ければ王都が見えるドニエの森に差し掛かった時、一行は予期せず魔物の襲撃を受けた。そして混乱の中リーリアは、共に行動していた侍女のパティと護衛のアーロンとはぐれてしまったのだ。
 森の中に響く悲鳴と荒れ狂う獣のような咆哮。
 リーリアは恐怖に震えながらなんとかその場を離れ、ここでひとり、息を潜めて迎えが来るのを待っていた。

 しかし、森の中に静寂が訪れてからどれくらいの時間が経っただろう。
 魔物は掃討できたのだろうか。
 皆は無事なのだろうか。
 
 不安で小さな胸が押しつぶされそうだった。 
 けれど待てども待てども捜索隊が迎えにくる事はなかった。

 「……うっ……うっ……!だれか……だれかおねがい……はやくきてぇ……!!」

 こらえ切れず、涙と共に嗚咽が漏れる。
 絞り出すように発した声に、少し離れた場所で何かが反応した。  
 カサカサと草木をかき分けるような音。そして地面に落ちる木の葉を踏むような音が徐々に近付いてくる。
 一瞬、ようやく迎えがきたのかと思ったが、ある疑問がリーリアの頭の中に過った。
 パティとアーロンだけでなく、今回の旅に同行している者は皆リーリアの声を知っている。
 その者たちの耳が先ほどの声を拾ったのなら、小声でもリーリアの名を呼び位置を確認するはずだ。
 それなのに音を立てて近付いてくるその何かは、まるで己の正体を知られたら都合でも悪いのか、一言も発しようとはしない。

 ──まさか、追いかけてきた魔物に聞かれてしまったのだろうか

 リーリアの身体が恐怖で強張る。

 「……リーリア王女殿下?」

 すぐ側で足音が止まると、生い茂った草木を押し分けて、ひとりの青年が顔を出した。
 彼が身につけている衣服にはリーリアも見覚えがある。アルムガルド王国宮廷魔道師団の制服だ。
 青年はリーリアの顔を見て小さく息を吐くと、次に怪我の有無を確認した。

 「ご無事でよかった……リーリア殿下、私は宮廷魔導師団に所属する、ユーイン・オルブライトと申します。王女殿下ご一行が魔物の襲撃にあったとの報告を受け、皆さまを救出するために参りました」

 「パティとアーロンは?ふたりはだいじょうぶ?」

 幼いリーリアが、自身が助かったことに安堵するより先に、侍女と護衛の安否について尋ねたことに驚いたのか、ユーインと名乗った青年は瞠目した。

 「……殿下の侍従はご無事と聞いております」

 いつも行動を共にしているパティとアーロンは、リーリアにとって家族のようなもの。
 二人の無事を聞いたリーリアは、その瞬間身体の力が抜け落ちた。
 しかし崩れ落ちそうになる小さな身体をユーインが咄嗟に腕を回して支えた。
 気づけばいつの間にかリーリアの身体はユーインに抱きかかえられていた。

 「よく頑張りましたね」

 頭の上から降り注ぐ優しい声。
 そしてやわらかく自分を包みこむ温もりに、リーリアの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。

 今でも忘れることはない、広く温かな胸と、静謐な香り。

 これはリーリアが十歳の時の大切な記憶だ。



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