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しおりを挟む王城へ戻ると、時刻は昼をかなり過ぎていた。
講義から戻らぬリーリアを心配した護衛のアーロンは、主がクレイグに連れ去られたと聞いて憤怒の表情で待っていたし、侍女のパティは突如現れた火の鳥に腰を抜かした。
しかし、リーリアが各所に謝って回り、何とか事なきを得たのだった。
翌日。
「クレイグ様!」
講義に向かうリーリアは、前を歩くクレイグを見つけ、初めて自分から声をかけた。
「おや、殿下から声をかけてくださるなんて珍しいこともあるものです。ようやく私のよさを分かっていただけましたか」
「そんな冗談よりも、昨日は大丈夫でしたか?」
クレイグが処罰を受けぬよう、手も気も回したつもりだが、ずっと気になっていたのだ。
「ええ。殿下には随分とお気遣いいただいたようで、特にお咎めもなく済みました」
という事は、性格改善についてのお説教もなかったのかと思ったら、それは違ったようだ。
「私への説教はキルシュ団長の日課みたいなものですからね。止めさせたらそれはそれで可哀想でしょう。ですが昨日はそれだけではなくて……まぁ、色々な話がありました」
「まぁ、日課なんて……そんなこと誰かに聞かれたら、またお説教されてしまいますよ?……でもそうですか、色々とお話が……それは大変でしたね」
不思議なことに、昨日クレイグと話してからというもの、これまで彼に抱いていた苦手意識がどこかへ飛んでいってしまった。
そもそもその苦手意識こそが、黒魔道師が世間から恐れられる一端となっている。
誰もが黒魔法を、そして黒魔道師たちの事を知らなすぎる。
畏怖するものを理解し受け入れることはとても難しく、遠ざける方が楽で簡単だから。
だからといって、クレイグの考え方をすべて理解し受け入れられるのかと問われれば、それは否だ。
争わずに済むのならそうしたいし、そのための道を模索し続ける事も諦めたくはない。
必要なのは、対話だ。
諦めずに、言葉を重ねる。
それは何よりも大切な事なのだと身を持って知る事ができた。
クレイグのお陰だ。
そしてそんな事を考えていたら、ユーインとイゾルデの事で、あれこれ悩んでいた自分が馬鹿らしくなってしまった。
リーリアがユーインと過ごした時間はイゾルデよりもずっと少ないが、何よりも価値のある、大切な思い出ばかりだ。
それは、人と比べて羨ましがるようなものではない。
「今度クレイグ様の講義にお邪魔してみようかと思っているのですが……」
「おや、それは素晴らしい心がけです」
「白魔法の講義に出ている私がお邪魔しても大丈夫でしょうか」
別に対立している訳ではないのだが、白魔道師と黒魔道師の間には明確な線引きがされているように思う。
個々で交流を持ったり、中には結婚なんてケースも無きにしも非ずだが。
「昨日も言いましたが、王女殿下が自分の受け持つ講義に参加するというのは素晴らしい栄誉なのです。私の経歴に貢献しないような不届き者がいたら即刻きつい仕置きをしてやりますからご安心を」
「お願いだからそれは止めてください」
そんなことをしたら黒魔道師たちから恨まれてしまう。
「ただでさえ私をよく思わない方はいらっしゃいますから……」
今この瞬間も、クレイグと話す自分を見た誰かに、気に入らないと思われているかも知れない。
魔力もないくせに、王女だから特別扱いされている──と。
本来ならユーインもクレイグも、気軽に話せる相手ではないのだ。
「そのすぐ闇堕ちしかける性格は充分黒魔道師に向いてるんですけどねぇ……あ、ほら。いらっしゃいましたよ、あなたの大切な方」
「えっ?」
クレイグの目線を追うと、廊下の先に、こちらを向いて佇むユーインの姿があった。
「叱られたくないので私はこれで……あ、講義はいつでもお待ちしております。では」
クレイグはそれだけ言い残すと、足早に去っていったのだった。
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