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しおりを挟むユーインと会えないまま迎えた夜会の日。
朝からリーリアの支度のために、せわしなく動いていたパティが、見かねたように口を開いた。
「リーリア様ったら、お願いですからそんなお顔をなさらないでください」
ハッとして顔を上げると、ドレッサーの鏡越しに、自分の後ろで心配そうな顔をするパティと目が合う。
「せっかく綺麗にしてくれてるのにごめんなさい、パティ」
「いいえ。どうか元気を出してください。今夜ユーイン様にお会いすれば、不安なんて全部吹き飛んでしまいますわ」
「……そうね……」
ユーインと会えなくなってからというもの、まるで自分が自分じゃなくなってしまったみたいだ。
ほんの少し前までは、その姿を思い浮かべるだけで幸せだったのに、今は彼の名を聞くだけでも切なくてたまらない。
「大丈夫です。今夜のリーリア様のお姿を見れば、ユーイン様もいくら大切な職務とはいえ、寂しい思いをさせた事を後悔するに違いありません。さぁ、出来上がりましたよ。なんてお美しいのでしょう!」
薔薇の香りがする香油を塗り、何度も何度も丁寧に梳られた髪は、一束ずつ繊細に編み込まれ、結い上げてある。
大人の色香を上品に演出するドレスは、いつもよりほんの少し胸元が強調されるデザインだ。
「まるで、自分じゃないみたいだわ」
全身鏡の前に移動したリーリアは、感嘆のため息を漏らした。
同時に、この姿をユーインに見せたいとも。
「ありがとう、パティ。まるで魔法にかけられたみたいだわ」
リーリアは微笑みながら、自室を後にした。
*
夜会の会場となる大広間には、既に大勢の招待客がひしめき合っていた。
リーリアにとっては久しぶりの公の場だ。
緊張でゴクリと喉が鳴る。
巨大なシャンデリアが輝くきらびやかな会場に足を踏み入れたリーリアを見るやいなや、貴族たちが群がるように集まってきた。
それも当然と言えるだろう。
オスカーの言う事が当たっているのなら、この貴族たちの今日の目的は、研究所の要職に就く人間との縁だ。
リーリアが打診されたのは講師で、要職とは言えない。しかし何といってもリーリアは王族、しかも独身で婚約者もいない。
だから、運良く親しくなれれば一挙両得といったところなのだろう。
「ア、アーロン!頼んだわよ!」
「お任せください!」
リーリアは足がすくみながらも、押し寄せる貴族たちを必要以上に近寄らせないよう、アーロンに指示した。
久々に大仕事だと張り切って前に出たアーロンは、すぐさま拍子抜けしたような声を出した。
「殿下。どうやら大丈夫そうです」
「えっ?」
アーロンの肩越しに見えたのは、眩い白。
その周りからはまるで光が放たれているかのようで、離れていても何なのかすぐに分かった。
「ユーイン様……!!」
リーリアに向かっていた人だかりは自然と二つに割れ、真ん中に開いた道をゆっくりと歩いて来るのは正装をしたユーイン。
そしてその後ろにはクレイグとイゾルデの姿も見える。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「は、はい!」
正装に身を包んだユーインの神々しさに見惚れていたリーリアは慌て、つい生徒のような返事をしてしまう。
そんなリーリアにユーインは少し目を見開くも、すぐに眩しそうに目を細めた。
「殿下、今宵はいつにも増してお美しいです」
「ユーイン様……」
──とても、逢いたかったです
そう言えないのが苦しい。
けれどどうか伝わるようにと、精一杯気持ちを込めて彼の顔を見つめた。
するとユーインはそれに応えるように、愛おしそうな笑みをリーリアへと向けた。
不思議だった。
たったそれだけの事なのに、ここ数日間の胸のもやもやが、どこかに消えていってしまった。
「あの、おふたりもいらしてくださったのですね」
「アカデミーの食事よりもはるかに美味しいものが食べられますからね。あと酒も」
「こらっ!クレイグ!」
正直すぎるクレイグの側頭部にイゾルデの拳骨が飛ぶ。色々詰まってそうな音がした。
さすが最年少首席魔道師。頭の出来は良いのだろう。
「うふふ、ご一緒できてとても嬉しいです。あの、ユーイン様──」
「リーリア殿下!」
リーリアがユーインへ今日参加する事になった経緯を聞こうとした時、聞き覚えのある声が割って入った。
「……クラウスナー侯爵子息」
「どうぞオスカーとお呼びください。それにしても今夜は何とお美しい……やはり殿下にはあのような格好よりも、優美なドレスの方がお似合いです」
あのような格好?
「クラウスナー侯爵子息、あのような格好とは、いったいどのような姿を指しているのですか」
「ああ、それは……」
オスカーはちらりとユーインを横目で見て、口の端をつり上げた。
「アカデミーでお召しになっていたローブてすよ。たいして役にも立たない穀潰しの連中と同じ物を王女殿下が身に纏うなんて……研究所が出来上がった際は、我がクラウスナー侯爵家が最高の研究着をご用意させていただきますよ」
オスカーの口から出た言葉に、リーリアは耳を疑った。
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