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しおりを挟むしかし人生とは思うようにはうまくいかないものだ。
衝撃の一日から三日後の朝のことだった。
ガルヴァ―二侯爵邸の正門前に、二台の黒塗りの馬車が停まった。馬車にはエルドラ王家の紋章が刻まれていた。
「そんなもん誰が受け取るか!!帰れ──────っ!!」
再び邸内に響き渡る咆哮。
王宮からの使者が恭しく差し出した手紙に記された、シルヴィオ直筆のサインを見た瞬間、ガルヴァ―二侯爵は目を見開き乱心した。
しかし念のためにと同席していた夫人がすかさず止めに入る。
「あなた、とにかく中身を確認しなければなにもできませんわ」
「……はい……」
例の如く、侯爵は両手を胸にあてて着席した。
突然怒鳴られた使者は、可哀想なほど怯えている。そして二人がシルヴィオからの手紙を読む間中、母と共に同席を申し出たルクレツィアに助けを求めるような視線を送っていた。
「お母様、手紙にはなんて?」
「夜会へ出席するようにとあるわ。もう一台の馬車には殿下からの贈り物が乗せられているそうよ」
「贈り物?」
使者は夫人の了解を得ると、早足で部屋を出て馬車に戻った。そして共に来ていた御者たちと、馬車に積まれていたたくさんの箱を邸内に運び入れたのだ。
使者によると箱の中身はドレスに靴、そしてパリュールだという。これを身につけて夜会に出席しろということなのだろう。
「すべてシルヴィオ殿下自らが、ルクレツィア様のためにお選びになったものでございます」
使者は得意げな顔で言うが、どうせこれもビビアナとよろしくやりながら選んだものだろう。パリュールの中身はオパールに違いない。
使者は、呆れ顔で箱の山を見つめるルクレツィアに目録を差し出し、確認を願った。
受け取りたくはないが、送り返すなどという無礼を働けば処罰されてしまう。身分とは本当に理不尽なものだ。そんなことを思いながらルクレツィアはパリュールを開けた。
「え……?」
てっきりオパールが入っているものだと思ったのに、そこには見たことがないほど大きなアクアマリンが輝いていた。
「素晴らしいお品でしょう?ささ、こちらもどうぞご覧になって下さいませ!」
使者は一番大きな箱の前にルクレツィアを案内すると、包装を解いた。
中から現れたドレスに思わず息を呑む。
鮮やかなブルーのサテン生地で仕立てられたドレス。その全体を黒のシルク糸で編まれた目の細かいレースが覆う、上品ながらも大人の色気を感じさせるデザインだ。
これだけのレースを編み上げるとなると、値段や技術もさることながら、膨大な時間がかかるはず。
そんな品を売れる保証もなしに作るブティックなどありはしない。仕上がりにかかる日数を逆算してオーダーするのが常識だ。それなのにいったいどうやって手に入れたのか……
「いかがです?こちらのドレスですが……実は一年前から王都でも指折りの職人に、殿下がルクレツィア様のためにと作らせていたものなのです」
「一年前から私のためにこれを?シルヴィオ様が?」
てっきり三日前の罪ほろぼしに、権力と財力にものを言わせてどこかから手に入れてきたのだとばかり思っていた。
「私が喋ってしまったことは、殿下にはどうか内緒でお願いいたします。殿下はお優しい方ですから、ご自分の気持ちをルクレツィア様が負担に思うのではないかとずっと黙っていらっしゃったのです」
その後も使者はチラチラとルクレツィアの様子を窺いながら、シルヴィオがいかにルクレツィアを大切に想っているのかを切々と説いた。
三日前まではずっとずっと大好きだった人。なぜ浮気をしたのかは知らないが、彼が自分を大切に想っていたことを聞かされて、なんとも思わないほどルクレツィアは薄情な女ではない。だがしかし
──あ や し い
怪しすぎる。
ルクレツィアの本能はここぞとばかりに警鐘を鳴らしていた。
一年前に注文していた?大事な大事なルクレツィアのために?それで注文したあと侍女を孕ませるってどういうことなの?侍女を孕ませないと死ぬ病気にでもかかったの?
「使者の方……ここまでどうもご苦労様でした。シルヴィオ殿下には、殿下からのお心尽くしの品、確かに受け取りましたとお伝え下さい」
ルクレツィアが礼を伝えると、使者はご機嫌な様子で城へと戻っていったのだった。
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