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しおりを挟む夜会当日、エルドラの第二王子シルヴィオの誕生を祝う宴が催されるホールは、開場と同時に国中から招かれた貴族とその家族たちで賑わいを見せた。
この日のために新調したのだろう華やかなドレスを身にまとった令嬢たちが、そわそわとしながら宴の始まりを待っている。
年頃の令嬢にとっては王子たちとお近づきになれるチャンスだ。娘たちに発破をかける親の姿もあちこちで見かけられた。
シルヴィオから贈られたドレスに身を包んだルクレツィアは、そんな会場を冷ややかな目で見つめながら通り過ぎた。
両親と登城はしたが、このあとルクレツィアはシルヴィオの婚約者として、彼と共に入場しなければならない。気分というものは、果てしなくどこまでも沈むことができるものなのだと初めて知った。
だがそんなルクレツィアよりも顔色の悪い人間がひとりいる。目の前を歩くリエトだ。
いつものように馬車止めまで迎えに来たリエト。恨み言の一つでも言ってやろうかと思ったルクレツィアだったが、先制パンチを食らわせたのは父ガルヴァ―二侯爵だった。
侯爵はリエトを見るなり、凄まじい速さで顔先三センチまで近づいた。そして呪詛を吐く死神のようにぐじゅぐじゅと文句を垂れ流し始めたのだ。
「お前ふざけんなよ昔あれほど娘をよろしく頼むって言っただろうがそもそもお前なんのためにあのワカメ頭の近習やってんだようちの可愛い可愛いルクレツィアはもう嫌だって言ってんだから黙って婚約解消してくれるようお前からも言っておけよおいわかったか……」
「あなた、こんなところでリエト卿をいじめてもどうしようもないでしょう。ごめんなさいね、リエト卿。でもうちの一族の者は全員主人と同じ気持ちですから」
夫人からもきつく睨まれたリエトは項垂れ、消え入りそうな声で一言“申し訳ありません”と謝った。
そんなこんなでリエトに若干情けが湧いたルクレツィア。これ以上なにも言うまいと黙ってついて行くことにしたのだ。
シルヴィオのいるという控え室に近づくほど会場の喧騒は遠ざかっていく。
──シルヴィオ様の顔を見たらなんて言おう……ううん、とにかく余計なことは考えずに、今日は自分の役目に徹しなきゃ
そんな風に考えていると、前を歩いていたリエトの足が急に止まった。
「リエト卿、どうされました?」
「……ルクレツィア様、申し訳ありませんでした……!私がシルヴィオ殿下の行動を諌められなかったばかりに、ルクレツィア様にこんなつらい思いをさせることになってしまって……!」
リエトは振り向いて深々と頭を下げ、ルクレツィアに謝罪した。
「……リエト卿のせいではありませんよ。四年も一緒にいたのに、シルヴィオ様の本性に気づけなかった私がいけないのです。だからもう顔を上げてください」
しかし顔を上げたリエトが発した言葉にルクレツィアは絶句する。
「シルヴィオ殿下は祝宴が盛り上がりを見せた頃、ルクレツィア様との結婚を発表されるつもりです!!」
「は!?」
──結婚を発表!?婚約解消を宣言するんじゃなくて!?
しかしリエトの顔は冗談を言っているようには見えない。
「結婚もなにも、私たち……いえ、私はこれからシルヴィオ様と婚約を解消しようと……父も既にその旨は陛下にお伝えしているはずですよ」
「ガルヴァーニ侯爵から届いた手紙の内容に焦った殿下は、その日のうちに陛下の元へ行き、ビビアナの件はルクレツィア様の誤解なのだと釈明されたのです。結婚前にルクレツィア様の気持ちを確かめたくて、たちの悪い冗談を言ってしまったと」
「冗談ですって!?だってビビアナのお腹の子は、正真正銘シルヴィオ様の子でしょう!?」
「ビビアナは解雇され、田舎の領地に帰らされました。腹の子は、街で知り合っていい仲になった男性の子だと」
「なんてこと……!!」
おそらくシルヴィオは、ルクレツィアなら自分の言うことをなんでもはいはいと素直に聞いて、愛人のことも容認するはずだと思っていたのだろう。
それを父が思いの外ねちっこく厭味ったらしく詰った挙げ句、婚約解消を申し出たものだからビビアナを切り捨てたのだ。
なんてとんでもない男なの。
「ルクレツィア様、陛下は例えシルヴィオ様の愚行をわかっていたとしても、ルクレツィア様の味方はされないでしょう」
「どうして!?」
「それだけガルヴァーニ一族が王家にとってなくてはならない存在だからです。敵に回すようなことだけは避けたいが、だからといって大きな顔をされては困る。ガルヴァーニ侯爵家の権威をうまく手元に置いておくためには、卿が溺愛する一人娘のルクレツィア様を人質として王家に取り込むのが一番。ルクレツィア様がシルヴィオ様に夢中でいらっしゃったことは陛下にとって僥倖でした。この結婚は王家にとってとても重要なことなのです」
「そんなの私には関係ない!冗談じゃないわ!人の気持ちをいったいなんだと思ってるの!?」
浮気くらい目を瞑れって?そんなことできるわけないじゃない。
「どうしたらいいの……」
するとリエトは意外なことを口にした。
「ルクレツィア様。陛下はあなた様が王家に嫁いでくれさえすれば、相手は誰でもいいのです」
「……え?」
「陛下はルクレツィア様のお相手が、どの王子かまではこだわっておられません。私から申し上げられるのはここまでです」
それだけ言うとリエトは再び前を向き、控え室へ向かって歩き出した。
どの王子でもいいって……じゃあ、シルヴィオ様から逃れるためには、この宴の間に他の王子とそういう仲になって助けてもらえってこと?そんなの絶対に無理じゃない?私、ワカメ頭の上っ面に四年も恋をしていただけの、恋愛経験ゼロ女ですよ?
──終わった気がする
ルクレツィアは今、十八にして人生最大の窮地を迎えていた。
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