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しおりを挟むそれぞれが忙しい国王一家の面々が、揃って食事を共にすることはほとんどない。
しかし御前試合を明日に控えた今夜、王妃の呼びかけにより、久方ぶりに全員が同じテーブルについた。
「まあ、全員が揃うなんて久し振りね。これもルクレツィア様のおかげかしら。それにしても急に兄弟で御前試合だなんて……こんなおバカな息子たちにつき合ってくれるルクレツィア様は、本当に素敵なお嬢さんだわ。ね、陛下?」
王妃アマンダは、三兄弟そっくりの美しい笑顔を夫である国王エドアルドに向けた。
しかし王妃から呼びかけられたエドアルドは、傍目から見てもわかるほどげっそりと生気のない顔をしていて、頷くのがやっとだ。
理由は毎日のように王宮に届く呪詛状のような手紙だ。差出人はもちろんガルヴァーニ侯爵だが、筆跡からしておそらく執事が書き直したものだろう。原文が直しようもない状態なのか、散見されるねちっこい嫌味に、エドアルドは直接目を攻撃されるような錯覚に陥っていた。
アマンダは優雅な手つきでワイングラスを傾けながら、自分そっくりな麗しい我が子たちに向かって話しかけた。
「私も娘が欲しかったわ。あんなに可愛らしい方がお嫁にきてくれるなら、この際相手は誰でもいいけれど……ずっと手元に置いておきたいから、やっぱりカリストのお嫁さんになってくれないかしら?」
「母上、それは素晴らしい発言ではありますが、ルクレツィアは物ではありません。彼女が王太子妃になった暁には私が手取り足取り指導しますので、娘が欲しければシルヴィオが孕ませた侍女を呼び戻し、孫ごと愛でればいいかと……」
言い終わるとカリストはナフキンで口元を拭い、ワイングラスを手に取った。
しかしアマンダはこの“娘と孫のセットでお得”というカリストの言葉をすぐさま否定した。
「それはいやよ。王子妃狙いの身持ちの悪い女なんてとても可愛がれないわ。シルヴィオはいずれ臣籍に下る身だからよかったものの……まあ、お腹の子どもに罪はないし、生活の保証はしっかりとしてあげるけど、後々揉めてもうちは一切関与しませんからね!ほんとに、シルヴィオがこんなに手癖が悪かったなんて……ルクレツィア様を射止めた時は“でかした!”と思ったのに……がっかりだわ」
アマンダは息子たちを愛していたが、今回のシルヴィオの軽率な振る舞いに関しては大層立腹していた。
母から非難めいた視線を送られ、シルヴィオは話を振ったカリストを睨みながらそれに反論した。
「男であれば……特に私のような立場と容姿の者は、人一倍気の迷いというのは避けて通れぬ道です!確かに今回は取り返しのつかないことをしてしまいましたが、ルクレツィアは必ず説得します!!」
そこですかさずアンジェロが口を挟む。
「なに言ってるのさ兄上。僕だってこんなにも美形で、どこに行っても騒がれるし女性が寄ってくるけど、ルクレツィア以外は目に入らないよ?シルヴィオ兄上は気の迷いとかじゃなくてただ単に女性が好きなだけだよ。だから明日は僕が勝って彼女の心を射止めるよ。母上、僕がルクレツィアと結婚したら親孝行するよ?なんてったって僕は二人よりずっと若いし、孫の顔もたくさん見せてあげられると思う」
壁画に描かれる天使のように清らかな笑顔で母親に向かって微笑むアンジェロ。アマンダは可愛い末っ子の笑顔にすっかりやられ、“あらまあどうしましょう”とご機嫌な様子でグラスに残るワインを飲み干した。
そのやりとりを憎々しげに見つめていたシルヴィオだったが、しばらくして突然席を立った。
「……明日のこともあるので私はこれで失礼いたします」
*
シルヴィオは乱暴な足取りで自室へと向かっていた。
くそっ!!好き勝手言って……だがまあいいだろう。
──だって、今夜ルクレツィアは私のものになるんだから
リエトがルクレツィアから内密に預かったという手紙が、シルヴィオの元へ届けられたのは今朝のこと。そこには確かにルクレツィアの筆跡で、【御前試合の前の夜、ふたりきりでお会いしたい】そう書かれていた。
今頃リエトの手引きでシルヴィオの部屋にはルクレツィアが待っているはず。
「くくっ……ああおかしい。兄上たち、見てろよ。……戦うまでもない、今夜ルクレツィアは私のものになるのだから……」
回廊を歩くシルヴィオは、これから我が身に起きる悲劇を知らず、ひとりほくそ笑んだ。
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