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 シルヴィオが自室につくと、いつもの侍女たちの出迎えはなく、扉の前にリエトがひとり立っていた。

 「ルクレツィアは?」

 「……部屋の中でお待ちになっておられます」

 「そうか!」

 「シルヴィオ殿下」

 「なんだ!?」

 「ルクレツィア様は少しお風邪を召されたようで……声が掠れておられました。どうか気遣って差し上げてください」

 シルヴィオはリエトの言葉に返事もせず、すぐさま部屋の扉を開け、中に入っていった。

 「……今までお世話になりました、シルヴィオ殿下」

 リエトはシルヴィオが吸い込まれていった扉に向かって深々と頭を下げた。


 *


 部屋の中は明かりが消えていた。

 「ルクレツィア?どこにいるんだい」

 努めて優しい声音で部屋のどこかにいるであろうルクレツィアに声をかける。今夜はシルヴィオにとって正念場だ。
 ルクレツィアを手に入れさえすれば、臣籍降下した先の未来は明るい。面倒な領地経営はガルヴァーニ侯爵家から優秀な人材をよこしてもらえばそれで済む。それに生活の基盤はルクレツィア可愛さでガルヴァーニ侯爵が惜しまず整えてくれる。
 ルクレツィアは美しい。どこに出しても恥ずかしくない自慢の婚約者だった。出会った頃、世間のことをなにも知らなかった彼女は、シルヴィオからたくさんのことを学ぼうと一生懸命話を聞いて、首が取れてしまうのではないかと思うほど何度も頷いていた。初心で、手を握るだけで頬を染めて恥じらう姿は可愛くてたまらなかった。
 けれど、もう少しだけ先に進もうとするといつもあの父親から邪魔が入る。そしてルクレツィア自身もシルヴィオとの過度な触れ合いは望んでいないようだった。
 最初は物足りなさを感じる程度だった。しかしそれはだんだんと積もり重なっていった。
 そんな時だった。

 『わたくしなら、シルヴィオ殿下に淋しい思いなどさせませんわ』

 そう言って身体を寄せてきたビビアナ。その言動の裏にビビアナの打算も透けて見えたが、意外にもシルヴィオは、なんの抵抗もなく彼女を受け入れてしまった。
 初めて知る女性の身体は柔らかくて温かくて気持ちよかった。なにより自分に従順で、頭の悪い彼女といるのは楽だった。
 シルヴィオがビビアナに手を出したことに気づいた侍女たちは、我も我もと迫ってきた。
 だから公平に寵を与えてやった。そうすればルクレツィアに不満を抱かずに済むから。
 完璧な王子様でいてやれるから。

 ──けれど、ルクレツィアが私のものになるのなら、もう代わりはいらない

 続き部屋になっている寝室を覗くと、シルヴィオの寝台に人が寝そべっているようだった。

 「ルクレツィア?」

 まさか、寝台で待っていてくれたのだろうか。近づくと、まるでルクレツィアではないような掠れた声がした。

 「も、申し訳ありませんシルヴィオ様……少し具合が悪くて、ベッドをお借りしてしまいました……」 

 寒気がするのか、ルクレツィアは頭から毛布を被っている。

 「ああ、起き上がらなくていい。大丈夫だよルクレツィア……ルクレツィア……!!」

 寝台に近寄り、上掛けを捲って顔を見ようとしたシルヴィオの目に映ったのは、先日ルクレツィアに贈ったあの下着だった。

 「……いや……恥ずかしいから見ないで、シルヴィオ様……」

 「……ルクレツィア……!!」
 

 

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