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998年目
17 覚醒 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
「何か見えているのですか?」
「何も見えていないの?」
2人の声が揃った。
シンは戸惑い、もう一度テオを見た。
が、自分に見えるのは、ぐったりと横たわっていて、いつもより確かに肌の色が悪いが普段のテオだ。
チヒロの言った黒いシミなど、どこにも見えはしない。
一方、チヒロは再びシンの腕から出ようともがいていた。
シンはようやく彼女を抱えたままだったことに気付いたようで、腕を緩める。
シンの腕から解放されてベッドに近づいたチヒロも、目を凝らしてテオを見る。
チヒロの目にはテオの身体を仄暗く染めるシミが見えている。
服を着ているので全身は見えないはずだ。布団もある。
だがシミは身体全体に及んでいることが、彼女にはわかる。
特に左腕だけ。
シミは他より濃く、中でも人差し指は先に行くほど真っ黒だった。
「チヒロ様……貴女の目にはテオはどう見えているのですか?」
シンが聞くのと同時に部屋の外にいたセバスは慌ててドアを閉めた。
他の者に聞かせられない話だとすぐに判断したのだろう。
部屋の中には意識なく横たわっているテオと、そしてシンとチヒロだけになる。
チヒロは自分の目がおかしいのかと疑ったらしい。
自分の目をこすってみたり、手で片方ずつ隠して見たり、室内を見回したりしていたが…………やがて再びテオを見つめ答えた。
「……テオの身体全体が炭を溶かして染めたように黒く見える。
中でも特に左腕。
指先に近いほど黒い。人差し指の先が一番濃くてもう真っ黒」
「服や布団があるのにわかるのですか?」
「うん……」
「では私はどう見えますか?」
チヒロは横にいるシンを見る。
「――いつもの通り。普通のシンだよ」
その顔は泣きそうに歪んでいた。
「なに?これ、、どうして――」
「――落ち着いてください。大丈夫です」
「でもっ」
「大丈夫。それが貴女の普通なのでしょう」
「――私の…………普通?」
「ええ。馬や牛の見える色は人間のそれとは違うらしい。それと同じですよ」
「……私は馬や牛なの」
「ただの例えです。そこは流してください」
チヒロは恨めしそうにシンを見た。
シンは気にもせず続ける。
「初めに貴女が言われた通り、貴女に見えているのは多分《死病》でしょう。
しかし私には見えない。私たちは見え方が違う。ただ、それだけのことです」
「それだけ…………」
「ええ。瞳の色が違うのです。見え方が違っても不思議ではありません。
とは言え突然わかったのですから驚かれて当然です。――ですが今は」
「――テオ!」
チヒロはシンとベッドの側に行き横たわるテオを祈るように見つめる。
しばらくして部屋の外が騒がしくなり、レオンの依頼で遣わされた王宮医師二人とエリサがきた。
エリサは王宮医師に制止されドアの前で留まり、部屋には王宮医師だけが入る。
様子が見たかったのだろう。
部屋のドアはもう閉められることはなく、ドアの外にはエリサ以外にもセバス。
そして屋敷で働く侍女や侍従、下男。庭師、厨房にいるはずの調理人までもいて、部屋の中を見つめていた。
皆が見つめる中、年配の王宮医師はテオの診察を始めた。
その後ろで、見習い医師の若者が師の手元を見ている。
医師に場所を譲ったシンとチヒロは、ベッドの足元の方に移動してテオを見守っていた。
「死病で間違いありません」
王宮医師は無常にも告げた。
事実上の死の宣告に誰の口からも声はない。
王宮医師は見習い医師に目配せをし、頷いた見習い医師は持っていた鞄から一本の瓶を出し、チヒロに渡すと言った。
「それは『空の子』様。貴女の分の特効薬です」
チヒロの顔色が変わった。
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