この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
49 / 197
998年目

19 波乱 ※エリサ

しおりを挟む



 ※※※ エリサ ※※※



「牢屋に行けばいいのかな」

―――行かせない

無意識に身体が動いていた。
それが自分だけでなく、成り行きを見ていたこの屋敷の全ての人間だと認めて胸が熱くなった。

しかしチヒロ様はきょとんとした顔で言った。

「どうしたの、みんな」

―――チヒロ様っ!


「はは……面白い『空の子』様が降りていらしたものだ」


それまで黙していた王宮医師が静かに言った。
チヒロ様はドアの前に立つ屋敷の者達から、近くに立つ王宮医師へ視線を移した。

「……安心して下さい。貴女は確かに特効薬を飲んだ。だが、吐いてしまった。
その通りだ。私が証言しましょう。
《誤って》吐いた貴女を罪に問いはしません。
――もちろん《吐かれた》テオくんもね」

ひゅっと喉が鳴った。

チヒロ様が「吐いただけ」と言った意味を、ようやく正しく理解して背中が寒くなった。
そうだ。あの特効薬を平民が飲めば……。

見習い医師が何か言いかけたが、笑顔の師の前に黙った。

しかし王宮医師の続く言葉は鋭い。

「しかし思いきったことをなさいましたな。
これで貴女の分の特効薬は無くなってしまった。
もし貴女や、ここにいるどなたかに死病がうつっていても、もう特効薬はありませんよ?」

チヒロ様はうなずいて。それから周りをぐるりと見まわすと断言した。

「でも大丈夫。私にも、他の誰かにもうつってない」

ほう、と王宮医師の目が光る。

「何故言い切れるのですか?」

「……うーん……勘?」

「………勘……?」

「うん。でも多分、全員大丈夫」

チヒロ様の言葉が信じられないのだろう。
王宮医師は訝しげに目を細め、なおもチヒロ様に問う。

「……ではもしも、にしましょう。
もしもこの先、貴女が死病に罹ってももう特効薬をお渡しすることはできません。
それがどういう意味か、貴女はわかっているのですね?」

「はい」

王宮医師は首を傾げた。

「随分と簡単に頷かれますな。
……ご自分が死病に罹ったなら、貴女はどうするおつもりなのですか?」

「もちろん、また貴方に診て欲しいとお願いします」

けろりと即答された王宮医師は目を丸くし、そして苦笑した。

「軽く返答されるわけだ。まさか私にどうにかできるとお思いとは」

「どうにかしようとしてくれますよね。……貴方はとても優しくテオに触ったわ」

チヒロ様の言葉に王宮医師は一瞬言葉を失った。

そして今度は険しい表情で、厳しい言葉を紡いだ。

「……貴女はお若い。そしてこの世界に来られてからまだ僅か一年足らずだ。
ですので、はっきりと言わせていただきましょうか。
死病は滅多に罹らない病気で、うつることも稀です。
確かに今、貴女がうつっている確率も、今後、罹る確率も低いでしょう。
―――だが。
もし罹れば特効薬以外、効果のある治療法はありません。
残念ながら王宮医師の私でも……なす術がないのです。
特効薬を飲む権利のない者を死病から救うことは出来ません。
特効薬を飲ませれば助かるとわかっていながら……ただ、見送るだけだ。
……わかりますか、『空の子』様。
確かに今回のことを罪に問いはしません。
しかし貴女がおこした《奇跡》の代償は決して軽くない。
貴女は特効薬を飲む権利を《吐いた》のです。
いかに『空の子』様とはいえ《2本目》は渡せません。
この先、万一死病に罹った場合は……どうかお覚悟を。
それが貴女のなされたことの代償であり《罰》だ。よろしいですな?」

チヒロ様は身体の向きを変え、王宮医師をまっすぐ正面に据えると言った。

「それは《罰》じゃない」

「……」

「わかってる。特効薬を《吐いた》代償に、私はもし死病に罹れば助からない。
でもその代償は《罰》じゃない。
大切な友人を失わないために払った代償を《罰》だなんて誰にも言わせない」

「――」

「私が特効薬よりテオを望んだ。ただそれだけのこと。
傲慢だと言われてもいい。
それでも私は何よりも人を望む。
いつか私が旅立つ時、側にはあたたかな人にいて欲しいから。
テオにシンが、ここにいるみんなが、貴方たち医師がいたように」


王宮医師がその返事をどうとったかは知らない。

だけど私は知っている。

それはまだ若く、死というものが遠い少女の言葉ではない。

寝たきりで目ひとつ開けられなかった《自分》を知る人の言葉だ。

《自分》の、最期を知る人の言葉だ。



この人は、《前世》のことは幸せな記憶だと笑顔で言っていた。

思い出す光景の中の《自分》はたいてい笑っているのだと。

寝たきりだった人生の最期の時まで笑っていたと。

それを嘘だとは思わない。

けれど

《前世》の旅立ちの時。

側にはあたたかな人がいたのだろうか。

一人きりの、寂しい旅立ちだったのではなかったのだろうか。


求めているのだ。この人は。あたたかな人にかこまれた旅立ちを。

《自分》の、最期の時を知るこの人は。

私は、それを知っている―――――。


見開いた目から涙が溢れた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...