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998年目

28 近衛隊長 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「――心配しなくても。
大切な御子息に危害を加えたりしませんよ、とお伝えください」


チヒロ様の言葉に隊長がピシッと固まった。

チヒロ様は気にせず、早々に隊長を残してずんずんと花畑へ向かわれている。

「……エリサ」

隊長はギギギギと音がしそうなぎこちなさでこちらを向き、

「なんだ?あのぶっ飛んだ考え方をする生き物は」

と聞いてきた。

「さあ」

としか、答えようがないわ。

そんなの私が聞きたいです。

黙って一礼だけして、チヒロ様の後を追う。



少し前を歩いていたチヒロ様が転んだ。

「チヒロ様!」

私はチヒロ様に駆け寄った。

今日は畑用に、新しいブーツを履かれていた。
履き慣れない靴で、きっと躓いたのだろうと察しをつける。

「なんだ?どうした!」

後ろからは隊長の焦った声がするが無視だ。

「チヒロ様!――大丈夫ですか?」

チヒロ様は両手を顔の下に敷くようにして突っ伏したままだ。

「……恥ずかしい」

「え?」

「――熊に見られた!悔しい!」

―――子どもか

熊って……あ、隊長?

「あー……」

ズバッとひとこと言ってやった相手に、見事に転んだのを見られて恥ずかしくて悔しいのか。

颯爽と美しく去りたかったんだろうな……。

そりゃ涙も出るよね。いや、笑っちゃいけない。

「――とりあえず起きましょう。大丈夫ですか?チヒロ様」

私はチヒロ様を抱き起こすと、ハンカチを渡した。
服の汚れを払うと同時に怪我をされていないか見る。

良かった。どこも怪我はされてなさそうだ。

よほど恥ずかしかったのか、それとも悔しいのか。
チヒロ様はハンカチで目を押さえて俯いたままだ。

私は軽く抱きしめて、よしよしと頭を撫でた。

「エリサ」

「はい。鼻もかみますか?」

「ううん。いい」

「わかりました。あ、目は擦らないでください。後で腫れますよ」

「うん」

追いかけて来たらしい。

ぐずぐず泣いているチヒロ様を見て、隊長は呟いた。

「……本当に子どもだったんだな」

はあ?

私は残念なものを見る目で隊長を見た。

―――チヒロ様がいくつに見えてたんだ、この人。


チヒロ様はようやく少し顔を上げたが、情けなさそうに呟いた。

「エリサ、ありがとう。ダメね。――歳取るとすぐに躓いちゃって」

―――おっと、おばあちゃんが出たか。

私は少し身体を離すと、今度はチヒロ様の肩に手をやり背中をさすった。

「はい、大丈夫ですよ。お怪我がなくて良かったです」

―――うおっ!?

何?
背中が急に寒く……。

「……おいエリサ。どういうことか説明しろ」

……そうでした。いたんだ、隊長。

今度は私の首がギギギギと鳴った。


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