90 / 197
999年目
14 クッキー ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
「クッキーもらい損ねた!」
突然チヒロが叫んだ。
習慣になっているチヒロの部屋での休憩時間。
チヒロの声にレオン、シン、セバスとそしてエリサが静止する。
「クッキーが欲しいなら頼もうか?」
レオンの返事に、チヒロは頭を抱えたまま言った。
「違う!隊長さんのクッキー!
あれには、まるでマカデミアナッツ……いえ、変わった木の実が入っていてすごく美味しかったの!
ああー。また食べられたはずだったのに……」
「隊長の?」
レオンが聞き返せば、エリサがおずおずと説明した。
「……あの。近衛隊長が前にチヒロ様にクッキーを。
チヒロ様はそれが大層気に入られたようで。
あの日も貰うことになっていたんです」
あの日とは国王と会っていた日か。
気付いたらしく、レオンが「ああ」と頷いて呆れたように言う。
「それで近衛隊長と親しくなったの。
つまりクッキーでフラフラ誘われてあそこにいたの、君は」
「ぐっ……隊長さんだって、パイでフラフラ誘われて来たもん……」
「……何してたの君は」
ウンザリした顔でレオンに言われ、チヒロは白状した。
「えへへ。隊長さんが甘党だっていうから。
お菓子で仲良くなったら……その、色々喋ってくれるかと……」
「つまり懐柔しようとしたの。お菓子で。近衛隊長を。何故?」
「隊長さんが、私が花畑に行くといつもいて。
でも遠くから軽く挨拶をするだけで、何も言わないから気になって。
理由を聞き出そうと……」
話を聞いていたシンが言った。
「ああ。隊長の手に引っかかったんですね」
「え?」
チヒロがシンを見る。
「何日も偶然を装い顔を合わせ挨拶だけをする。
そして相手が気を許した頃合いで近づく。
相手からやって来てくれればなお良い。
近づいたらエサ――事前に調べておいた、相手が興味を持つもので話をあわせてさりげなく相手の懐に入る。
隊長の手です」
「―――なっ!」
「隊長が昔、諜報をやる時に使っていた手だと聞いたことがあります。
新人騎士と仲良くなるのにも使えると。……しかし、まさか貴女に使うとは」
エリサが慌てて立つと皆に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません!チヒロ様が隊長に近づくのを私がお止めしていれば……」
レオンが気にするな、と言うようにエリサを手で制すると、チヒロに問う。
「……つまり懐柔しようと思って近づいたら見事に自分が懐柔された訳だ。
チヒロ。彼はあれでも近衛隊長だよ?何故、勝てると思ったの?」
「ぐっ」
「それにしても一体、なにをエサに懐柔されたの?
……まさかクッキーじゃないよね。……エリサ?」
「……チヒロ様の名誉の為に黙秘します」
「クッキーかな?チヒロ」
俯いたエリサ以外の3人の目がチヒロに集まった。
チヒロは真っ赤になって叫んだ。
「知らない!!――あの熊!やっぱり大嫌いっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「シン。お前だろ。
うちのカミさんに俺が『空の子』様を罠にはめた、なんて告げ口したのは。
おかげで俺はカミさんにこってり絞られたんだぞ。3ヶ月は甘い物も禁止だ」
話があると近衛隊の隊長室に呼ばれ、やってきたシンは隊長の言葉に虚を衝かれたようだ。
時間をあけてから返事をした。
「……何のことだか分かりませんが」
「とぼけるなよ。お前以外いないだろ。
まったく。お前から仕返しされるとは思わなかったぞ。
そんなに自分がエサにされたのが面白くなかったのか?」
「エサ?」
「……なんだ。本当に知らないのか?
……じゃあエリサか。しかしエリサは俺のカミさんと面識は……ああ。
《あの男》を使ったのか。
あいつめ。《罠にはめた》ってなんだよ。
同じ告げ口でも言い方ってもんが……」
目の前でブツブツとこぼす隊長にシンは聞く。
「……エサはクッキーだと聞いておりますが」
「何?――ああ、エサな。……まあクッキーでも間違っちゃいないが。
それじゃあ、ちょっと嬢ちゃんがかわいそうだな」
隊長はくくく、と笑う。
「確かにクッキーは渡した。少しでも警戒をといてもらおうと思ってな。
だが、あの嬢ちゃんは受け取らなかったんだよ。まあ想定していたがな。
そこで囁いてやった。
シンもこれが好きだぞ、ってな。
そしたら躊躇いながらも受け取り、食べたら笑うようになった。それが真実だよ」
「―――」
「やっといて何だが、気をつけた方がいいぞ。
あれはお前の名前を出されたら人攫いにだってついていきかねない。
はは、お前、本当に懐かれてるな」
可笑しくてたまらないと言うように、隊長は拳をシンの胸に軽くあてた。
しかしシンはひとつ息を吐くと否定した。
「――私ではありません」
「何?」
「私ではない。名前のせいですよ。
あの方は『シン・ソーマ』様と同じ国の出身だそうですから」
「同じ国の出身?……あの嬢ちゃんのいう《前世》の話か?」
「ええ。同じ『空の子』で、同じ国の出身。
『シン・ソーマ』様の存在があるから、同じ名を名乗る私に親しみを感じておられるのでしょう。
――それだけです」
隊長はじっとシンを見ている。
「……お前、本当に変なところで鈍いな」
「は?」
「普通、反対じゃないのか?
同じ『空の子』で、同じ国の出身だとしても、あの嬢ちゃんは『シン・ソーマ』様には会ったこともないんだぞ?
そんな『シン・ソーマ』様と同じ名前だから、という理由でお前に懐いている?
それより、お前に懐いているから、お前と同じ名前の『シン・ソーマ』様に親しみを感じている。
そっちの方が自然だろう」
「……あの方は私の名前を聞いてから、私にはあの様子です。
私は何をしたわけでもありません。それに――」
「――それに?」
「あの方にとって『シン・ソーマ』様は唯一と言っても過言ではないほど特別な存在のようです。
会ったことがあるかどうかなど関係ない」
「唯一だと?何故、そこまでだと思うんだ?」
「さあ。勘、としか言えませんが」
「勘ねえ。よく分からんが。
俺は、あの嬢ちゃんは《お前に》懐いているんだと思うし、理由も何となくわかる気がするけどな」
「は?」
「まあいい。ほら。これを嬢ちゃんにやってくれ」
隊長は机の上に置いてあった箱を取ると、シンに手渡した。
シンは受け取った、赤いリボンのついた箱を見る。
「これは?」
「クッキーだよ。カミさんが『空の子』様へのお詫びにと作ってくれたんだ。
……それで一応、俺が謝っていたと伝えてくれ。
でも罠にはめよう、なんて思ってしたわけじゃない。
仲良くなりたかったんだ。単純にな。
しかし前に、お前に悪戯を仕掛けたせいで俺の印象は最悪だとわかっていたからな。
だから手を使った。……悪かったよ。
――知ってるだろう?
あの嬢ちゃんは人を見れば身分に関係なく、必ず挨拶をする。
騎士の中には名前を覚えてもらっている者も多い。
聞いたら前世での習慣だったそうだが、ここでは違う。
おかげであの嬢ちゃんは騎士からえらく評判がいい。
侍女や衣装係、お針子、庭師……他のやつからもな。
――おまけに《尊い方々》も、何やらかなり気にされている」
「―――」
「気にならない方がおかしいだろう。
だから部下に任せず俺が行った。
近衛隊の中でも陛下の《北》は精鋭揃いだ。ハリスも育っているしな。
俺がちょっと抜けても平気だ。
しかし……。
はは、まさか、あそこまでとは思わなかった。
あの嬢ちゃんには、また会いにいくよ。
必ずだ。……命令などなくてもな。
嬢ちゃんと仲直りがしたいんだ。それも伝えてくれ」
話は終わりとばかりに隊長はシンに背を向けた。
シンはその大きな背に呼びかける。
「……隊長」
「何だ」
「告げ口はセバスでは?」
大きな背が曲がった。
「―――っ叔父上かっ!!」
2
あなたにおすすめの小説
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
どんなあなたでも愛してる。
piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー
騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。
どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか?
※全四話+後日談一話。
※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。
※なろうにも投稿しています。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる