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999年目
23 黒いシミ ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
「陶器のマグカップに入っていたので見えませんでしたが。
この虫は、ほぼ透明なのですね」
ロウエン先生は黒いシミに見える虫を透明な瓶に入れてから言った。
それを応接室の机の真ん中に置く。
「透明?」
「ええ、肉眼でなんとか見えるくらいの小さな、透明な……長細い虫です」
「……透明……」
驚いた。私には黒く見えている。
ロウエン先生、トマスさん、私。
机を囲む椅子に座った三人の目が瓶に集まっている。
護衛であるエリサだけはドアの近くに立っていた。
黒いシミに見える虫を横目で見ながら、私は机をはさんで向かいに座っているロウエン先生に思いきって聞いてみた。
「あの……。ロウエン先生?私には虫の病気まで見えているってことではないんですか?」
「は?今なんと?」
「いえ。あの。『仁眼』は病気がシミに。薬が光に見えます。その範囲は人間だけでなく、虫の病気まで見える……のかと」
「は?――ああ!」
ロウエン先生は大笑いした。
「この虫が死病に罹っていて、それが見えているのではないかと疑っていたんですね?」
「ぐっ。だってこの虫、動きが鈍いし……死病で死にそうなのかと」
「それで大慌てで医局に来たんですか!」
「ちゃんと人間の死病と関係あるのかも、とは思ってました!」
「なるほど、人の死病か虫の死病か、どちらかは分からなかったんですね?」
ロウエン先生は身体をよじって笑っている。私は頬を膨らませた。
そんなに笑う?だって『仁眼』よくわからないんだもの。
ロウエン先生の横に座ったトマスさんは必死で笑いをこらえているし、エリサは呆れているみたいだ。
うう。だって……。虫にシミが見えるなんて本当にびっくりしたんだから。
ひとしきり大笑いした後、ロウエン先生は私に言った。
「お伝えしていなかったのが良くなかったでしたな。
例の、古代の貴人の記録書にも人以外の病気が見えていた、という記録はありません。
それにチヒロ様は植物を育ててみえるでしょう?植物の病気はシミで見えますか?」
「あ。――いいえ、それはないです」
「全生物の病気が見えていたら、色での判別は不可能でしょう。
『仁眼』で見えるのは人に関する病や怪我のものだけです」
ああ、そういえばそうか。
全生物の病気や怪我を色で見分ける、なんて多すぎて不可能なんだわ。
私はようやく理解した。
じゃあこの虫が黒いシミに見えるのは……?
そう思っていたらロウエン先生が教えてくれた。
「『仁眼』では虫が病気に罹っていても見えません。
ですが、貴女にはこの虫が黒いシミに――死病に罹っているように見えている。
ならばこの虫が人間の死病と同じ《もの》を持っているということでしょうな」
「死病と同じ《もの》?」
「『仁眼』で黒いシミに見えているのですから死病の《毒》なのでしょう。
この虫が何処かで死病の《毒》を取り込んだのか。
この虫が元から《毒》を体に持っているのか。
それはわかりませんが。
これほど小さな虫が死病の《毒》を持っていてもこうして生きているのです。
この虫は死病の《毒》では死なない、と思われます。
……しかし人間が知らずにこの虫を飲めば―――」
「えっと、それってつまり……」
「この虫が。死病の原因かもしれない、ということです」
「大発見ですよ!死病の原因かもしれないものをつきとめたのですから!」
トマスさんは興奮が収まらない様子でいい、声が大きいとロウエン先生に嗜められた。
「では、水の中にいるこの虫を飲んでしまうと人は死病になるのでしょうか?」
私が聞くと、ロウエン先生は腕を組み顎に手をあてた。
「……その可能性は高い。しかしわかりません。
それだとこの虫が体内に入れば、人は何度も死病にかかる可能性がある。
しかし死病は一度罹れば次はない。
それは特効薬が生涯に渡って効いているからなのか、それとも別の理由があるのか……」
「死病に罹った人にある小さな傷も気になります。
あの傷、『仁眼』で見ると一際黒く見えるんです」
「――え?」
「だから私は、てっきり死病は小さな傷から《何か》が入ることで罹る病気だと思っていたのですが」
「……傷が一際黒く見える……?」
「はい。……あれ、言ってませんでしたか?」
「聞いていませんでした……」
「すみません」と謝ってから。私は一年前、死病に罹ったテオがどう見えていたのかを説明した。
死病に罹ったテオの身体を仄暗く染めていたシミは、服や布団があっても関係なく、身体全体に及んでいることがわかったこと。
特に左腕だけ、シミは他より濃く、中でも小さな傷があった人差し指の先は真っ黒だったこと。
わかりやすく紙に人の形を描いて、どんな風に見えていたか黒く塗って説明する。
ロウエン先生とトマスさんは私の拙い絵をじっと見つめていた。
二人は『仁眼』で死病を見ると身体全体、濃淡なく黒く見えるのだろうと思っていた、と言った。
これは良くない。どんな些細なことでもちゃんと伝えなきゃ。
医師なら気付くこともあるかもしれない。素人判断は危険だ。
私は人の絵の横に丸を描いて、今度は黒いシミに見える虫がどう見えているのかも伝えた。
私に見える虫は黒い、丸いシミだ。
灰色の丸の中に、ぽつんとひとつだけ真っ黒な場所がある。
私が塗り終えた絵を見て、ロウエン先生が言った。
「……虫の身体のどこか一箇所に、死病になる毒がある、ということでしょうか」
「そう考えると死病に罹った人の方は、小さな傷だけ毒が多いという事になりますよね?
それは……どういうことでしょうか?」
トマスさんの言葉にロウエン先生も頷く。
「確かに……水と一緒に飲んで体内に入った虫の毒に侵され死病になるのなら、身体全体に同じ量の毒がまわるか。
もしくはどこかの臓器に毒が集まるものだと思うのですが。傷とは……」
その時、エリサが呟いた。
「――傷から入るか、出るかするのかな」
「「え?」」
医師二人の声が揃った。
エリサは二人に顔を向けられ、焦った様子で言った。
「いえ!……その。独り言です、すいません。
その虫、そうしてもおかしくない気持ち悪さだったので」
エリサはまた腕を高速でさすった。
この虫、そんなに気持ち悪い形してたんだ。なるほど……。
エリサは護衛でドアの前に立っていると思ったのだけど、虫に近づきたくないのかもしれない。
トマスさんが大声を上げた。
「エリサさん!お手柄です!!」
「――――え?」
エリサはぽかんと口を開けたまま固まった。
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