この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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999年目

25 光明 ※チヒロ

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 ※※※ チヒロ ※※※



「この虫は水と一緒に飲まれて人間の身体に入る。
そして人間の身体を毒で溶かし、傷を作って外に出る。
虫に残された毒に侵された人間が死病に罹る。
仮説ですが、その可能性が高いかと」

「ああ、それなら小さい傷が『仁眼』で一番黒く見えるのもわかります!
毒が残された場所だということですよね!」

「毒に耐性ができると考えれば、生涯一度しか罹らない理由も納得がいきます」

死病の解明に一歩近づいた!
私は嬉しくなって胸の前で両手を握った。

ロウエン先生とトマスさんの顔が明るく見えるのも気のせいじゃないと思う。

ロウエン先生は一度大きく深呼吸すると私に顔を向けた。

「ところでチヒロ様。この虫をどこで?」

「《東の宮》です。王子様が飲もうとされていた水の中に見つけて……」

「――王子様が?!それは……チヒロ様がいてくださって良かった。
危ないところでしたな」

「はい、それは良かったのですが。
王太子妃様が『仁眼』に気がつかれまして。
後日、説明に来るように言われてしまいました」

医師二人はピシッと固まってしまった。

えへへ、と笑ってみたけど駄目だった。やっぱりまずかったかな。
でも許して欲しい。

王太子妃様は本当に勘のいいお方なのだ。
……あとでレオンにも言わなくちゃね。

だいぶ時間をおいてから、ロウエン先生はため息と共に「まあ仕方ないですな」と言ってくれた。

「私も初めて見た虫ですし、死病には滅多に罹らない。
と、なればこの世界でも数は多くない虫なのかもしれません。
しかし《東の宮》で出された水、ということは《宮殿》の井戸水の中にこの虫がいた、ということになります。
多分、世界中どこにでもいるのでしょうな」

私は頷く。

「生のままの水を飲むと、この虫も飲んでしまうかもしれない。
それは危険ですよね?
水を一定時間、煮沸してから飲むようにしたらどうでしょう?
手間はかかりますが、普通の虫ならそれでいなくなりますよね?」

「確かに。できたら、この虫を使って湯の中で生きられるのか確かめたいところですが。
1匹しかいませんから、……これは調べることに使いたい」

そうだよね。貴重な一匹だ。見つけたのは奇跡なのだ。

「確実かはわかりませんが、ともかく生水は飲まず一度沸かしてから飲むのがいいかと。他の病気も減ると思いますよ」

「他の病気も?」

「はい多分。お腹が痛くなるとか下痢をするとか。
生水の中には人間に悪さをする原虫や菌がいることがありますから」

「《ゲンチュウ》?《キン》?」

「あ、えっと。小さな悪い虫です」

「……そういえばチヒロ様はこの器具を見ても驚いていませんでしたね。
見たことがありましたか?」

「形は少し違いますが。《昔》いたところにありました」

「ああ、教えていただいた《高い医療のあった場所》ですな。なるほど。
しかしチヒロ様自身は医療は受ける側だったと聞いていたので。
この器具をご存知とは思いませんでした」

あー………。
そういえばロウエン先生たちにちゃんと《前世》の話をしていない……。
でもそれはまた今度だ。今は……。

「あの、それはまた今度説明します。それより、
《水は必ず一度、一定時間沸かしてから飲むと死病が予防できるかもしれない》
と広めるのは駄目でしょうか。
水を一定時間沸かしてから飲むだけで、かなり死病が減らせるのではないか、と思うのですが。
《もしかしたら》では駄目ですか?」

実験をしないと得られないような正確な情報でなければ駄目だろうか。
そう聞こうとした時、ロウエン先生が「広めましょう」と言った。

「あくまで仮説、として広めるだけでいい。
皆、死病を恐れているのですから仮説でも飛びつくでしょう。
しかも水を沸かすだけでいいという手軽さです。
死病に罹れば助からない平民なら間違いなく実践するはずだ。
医局発の噂でも。いや、仮説として発表しましょうか。本にしてもいい。
チヒロ様。私が発表してもいいでしょうか?」

私は驚いた。いいでしょうか?何故私の許可がいるのだろう。

私からお願いしたいくらいだ。
でも。もしかしたら医局が、ロウエン先生が、悪く言われたりしないだろうか。

「私はお願いしたいですが。あの……大丈夫でしょうか。いいんですか?」

「はは、もしかして私に悪評が出ることでも心配されていますか?
私は構いません。初めての説を発表すれば悪評が出ることなどつきものです。
それより少しでも早く。一か八かでも効果がでればいい」

私に何が言えよう。
ロウエン先生は本当に素晴らしい方だ。尊敬する。

「もし私にできることがあればお手伝いしてもいいですか?」とお願いしたら笑われた。

「もし、ではありません。是非ともお願いしたい。
私達にはかろうじて虫が見えるだけですからな」

私も笑った。

他にもこの虫について調べられる限り調べ、考えられる限りのことをしてみるとロウエン先生は言ってくれた。

ロウエン先生に全てをお任せし、話は終わった。


シンのお義兄さんをお待たせしているのだ、ということを思い出す。

時間はそんなに経ってないと思うけど……。

「すいません、ロウエン先生。お時間とらせてしまって。
ありがとうございました。シージアズ卿にも謝罪しなくちゃ」

「ああ、彼は大丈夫ですよ。きっと貴女のお迎えと会いたかったでしょうしね」

「え?お迎え?」

その時、それまでエリサの反対側――応接室の奥で寝ていたジルがドアの前に歩いて行った。

それを見て、ああ、と納得する。

はたして応接室から出て見ると。

そこにはサージアズ卿とそして、シンがいた。


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