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1000年目

40 シンと義兄 ※空

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 ※※※ 空 ※※※



「――義弟は当主の実の子なんです」

返された答えにチヒロは目を見開いた。


「え?!でも《彼》は。《自分は養子だ》って……」


サージアズ卿は静かに告げる。

「それは書類上の話です。
義弟が書類上、養子になっているのは平民夫婦の子として育ったからです。

母親は、当主の若い頃の恋人。
当主の前から突然姿を消し、義弟を産んだ女性です。
父親は義弟を連れた母親と結婚して夫となり、義弟の養父となった人でした。

――その二人が16年前。
10歳の義弟を連れて当主の前にやってきた。

義弟が死病に罹っていたからです。

平民夫婦の息子では死を待つだけだ。

それで夫婦は義弟を、本当の父親である当主に託しに来た。
離別になるとわかっていても義弟の命を助けたかったんでしょう。

当主は義弟を養子とし、義弟は国に貴族だと認められ特効薬を飲んで一命をとりとめました。

一方、夫婦は義弟を当主に託すと黙って姿を消していました。

自分たちの存在が義弟を困らせると思ったのかもしれない。
現在でも行方知れずです」

「……じゃあ貴方と《彼》は、本当は異母兄弟なの?」

「いいえ」

「いいえ?」

「当主は未婚です。
私は当主の妹の子どもで、養子なんです。
当時、成人前だった当主の妹が愚かな恋の果てに身籠り産んだ子ども。
……それが私です。
義弟とは逆に、生まれた時に当主の《実子》として届けを出された養子です。
――つまり当主の血を継いだ、正統な子どもは義弟だけなんですよ」

「……それで貴方は《彼》の方を《王家の盾》の次期当主にしたいの?」

「いけませんか?資質は有り余るほどにある。
それなら正統な血が流れている者が当主になるべきだ。違いますか?」

サージアズ卿は、ただ淡々と変わらぬ調子で言った。
チヒロはそんな彼をしばらく見つめ、そしてゆっくりと、静かに聞いた。

「……本当にそれが理由なの?」

「はい?」

「《王家の盾》の当主は《実力》でなるもの。
主家に生まれたかどうかなんて関係ないって聞いたわ。
なのに。
貴方は本当に《血》だけが理由で《彼》を《王家の盾》の当主にしたいの?」

「―――」

サージアズ卿は動けずにいたようだった。
が、少ししてくしゃりと前髪に手をやると深いため息を吐いた。

「……貴女は本当に……勘だけは鋭い」

「……あの……?」

「《義兄》と……」

「え?」

「《義兄上》と。呼んでくれたのです」

「―――――」

「……いろいろありましてね。私は義弟の、その一言で救われたのです」

「―――――」

「それが義弟を当主にしたい理由だと言ったら……わかってもらえますか?」

チヒロは慌てて頭を下げた。

「ごめんなさい!」

そして続ける。

「ごめんなさい。
私が口を挟むことじゃないのに余計なことを言ってしまったから。
私は貴方が《シン・ソーマ》でも《彼》が《シン》じゃなくてもよくて。
ただ――私はもう《彼》以外を《シン》とは呼べなくて。

それだけ許して欲しかったから話をしに……なのに。
ごめんなさい。私が聞いたから。踏み込んだことまで言わせてしまって……。

でも隠さず話してくれて嬉しかった。
ありがとうございました。

勿論《彼》にも、誰にも言いません。
いえ、《彼》には特に内緒でお願いします。
お義兄さんから話を聞いた、なんて知られたら怒られちゃう」

手をわたわたと振って慌てるチヒロの様子が可笑しかったのか。
サージアズ卿はまたくすりと笑った。

「……どちらが、でしょうね」

「え?」

「それはそうと貴女は……義弟の本名をご存知ないんですか?」

「本名?――あ、そういえば」

「知らない?」

「はい。あの……それが何か?」

サージアズ卿は腕を組んで言う。

「どうりで……おかしなことを言われると思いまして」

「おかしな?」

チヒロはサージアズ卿からの次の言葉を待っていたようだが、彼はもう何も言わず別のものに注意を向けた。

ドアを見て言う。

「――ああ。お時間ですか?」

サージアズ卿の言葉と視線を追って、チヒロは弾かれたようにまた慌てだした。

「ごめんなさい、夜遅くにお邪魔してしまって。もう失礼しますね」

「いえ、そういう意味では……」と、サージアズ卿は続けたが、
すでにドアに向かっていたチヒロには聞こえなかったようだ。

チヒロはドアの手前で、お礼を言って部屋を出て行こうとしたがサージアズ卿がそれを追い、ドアを押さえ止めた。

「待ってください」

「はい?」

「義弟はシンなんです」

「え?」

「《王家の盾》の当主だからではない。
義弟の母親は、子どもに、子どもの父親である恋人が呼ばれていた名をつけた」

「―――」

「だから義弟は……シンが本名なんです」

チヒロは動けずにいる。
瞬きもせずにいたその目からは、一粒涙が溢れた。

「――貴女は。貴女は本名として、義弟をシンと呼んでやってください。
いつか義弟が騎士を辞めてもずっと」

チヒロはサージアズ卿に深く頭を下げた。

「許してくれてありがとうございます。そうさせてもらいますね」


ドアを開けてくれたサージアズ卿に、チヒロは笑顔と共に言う。

「遅くに訪ねてしまってごめんなさい。お話、ありがとうございました。
おやすみなさい。良い夢を」

自分が《仕事》の時に使った言葉と同じだったからだろう。
サージアズ卿は一瞬躊躇い、けれど微笑み返した。

「……おやすみなさい。良い夢を」


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