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1000年目
42 父と子 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
「あれが『空の子』様か。面白い方だな。笑いを堪えるのが大変だったぞ」
チヒロが去った部屋の奥。
正面からは死角になる場所から出てきた男が言う。
いまだ笑いが浮かぶ男の顔には、年相応の皺が刻まれている。
ドアを背にして立っていたサージアズ卿は男を呼んでそちらへと歩き出した。
「親父殿」
銀色の髪に小麦色の肌。淡い青色の瞳を持つ長身の男は、
現在の《王家の盾》の当主であり、サージアズ卿とシンの父だ。
当主は長身の体を折りソファーに座ると、感心したように言った。
「しかし同時に素晴らしい方でもあるようだ。おかげで息子の本心が聞けた」
「――」
自分の横に立ったまま俯いたサージアズ卿を見て、当主は告げた。
「《義兄上》か。私と同じだな」
「は?」
「私は《親父殿》だった。
小さなお前がそう呼んでくれたのがどれほど嬉しかったか」
「―――」
「……お前には話していなかったかな。
16年前。シンは死病から快復して、ことの次第を知った時、私に言ったのだ。
命を助けてもらったことは感謝してもしきれない。
恩は返す。この家に入れと言われるのなら入ろう。
貴族になれというならなろう。
武術で身をたてろというなら武術も習おう。
しかし、俺が《親父》と呼ぶのはあの養父だけだ。
それだけは譲れない、と」
「……初耳です」
「そうだな。言っていなかった。たがが呼び名だ。
だが、されど呼び名なのだ。
シンが《自分は養子だ》と公言しているのは知っているだろう。
あいつの中では養父こそが《父》なのだよ。《血》など関係ない」
「―――」
「……お前も私を《義父上》と呼ぶか?」
「――いいえ、親父殿」
「そうか。ならば親父の頼みをきき跡を継いでくれ。
それは《義弟》の望みでもあり《王家の盾》全員の望みでもある。
知っているだろう?」
「――義弟を当主にしたかったのです」
サージアズ卿は俯いたまま、手を握り告げる。
「義弟を当主にすることが、私の使命だと思っていた。
どれほど素晴らしい当主になるだろうか、と夢見ていた。
10歳からはじめ、わずか数年で私と互角になった剣術の才能も。
寡黙なのに人を惹きつける人柄も。
《義兄》と呼んでくれたからだけではない。
――あいつは私の、自慢の義弟なんです」
「……あいつはお前が育てたようなものだからな」
当主はため息を吐いた。
「しかしどうする。
『あの方』はお前を見て《この人が王家の盾の当主だ》と確信してしまったそうだぞ?
そしてあいつは、お前を《自慢の義兄だ》と言ったそうだ。
――どうだ。決心がついたんじゃないのか?」
「……」
「……こだわっているのはお前だけだ。わかったのだろう?」
「……いいのでしょうか。私で」
「くどい。何年同じことを言わせる気だ。
まったく。私は早く引退させてもらいたいのだがな」
「――はい」
サージアズ卿は顔を上げ、当主は立ち上がった。
「よし。ではお前の気の変わらないうちに陛下にお伝えせねばな。
次の《シン・ソーマ》が正式に決まったと」
「――ええ。あいつを正式に当主にしましょう」
「何?お前、まだそんな――」
当主は苛立ちを隠さず声を上げたがサージアズ卿の顔には笑みが浮かんでいた。
「――違います。『あの方』のお話を聞いて思いついたんですよ。
《シン》はこのまま、あいつに名乗らせましょう。その方が私は動きやすい」
一瞬動きの止まった当主だったが、すぐににやりと笑った。
「……なるほど。名と実を分けるか」
「ええ」
「ふむ。良いだろう。面白い。――しかし」
当主は声を上げて笑いだした。
「困った。お前と同じだ。私も『あの方』をウチに欲しくなった」
「どちらの息子のところでもいいぞ」と揶揄うように続いた言葉に、サージアズ卿は破顔した。
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