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1000年目

51 仲裁 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「チヒロ様。殿下がお呼びです」


そう副隊長に言われ、私とチヒロ様は顔を見合わせた。

旅で長く屋敷を空けていたためセバス様は忙しく、今日は授業がお休みとなっていた。
チヒロ様と私も、久しぶりにのんびりとお茶をしていたところだった。

部屋の絨毯の上で横になっていたジル殿が起きてドアの前で座ったので、副隊長がこの部屋を訪ねてくることはわかっていた。

しかし、いつもならレオン様とご一緒なのに。珍しい。

それに……
どこか副隊長の雰囲気がいつもと違う?

機嫌が悪そうだ。
何か理由があるのだろうが……なんだろう。

チヒロ様も同じように思われたのだろう。
すぐに「行きます」と言って立ち上がった。

部屋から出られるなら、と私はチヒロ様にいつものストールを羽織っていただくことにする。
今日は少し冷えるのだ。

今は《西》の季節。
もう少しすると植物の多くが実りを迎え、やがて寒い《北》の季節がやってきてまた年が変わる。

チヒロ様の肩にストールをかけていた私は、副隊長の言葉に凍りついた。

「……義兄と会ったそうですね」

チヒロ様も一瞬ぴくりと肩を動かしたが、すぐになんでもないことのように言う。

「――うん。コドリッド伯のお屋敷で、ご挨拶させてもらったけど?」

私は早々にドアの前までさがると壁に徹した。それ以外、何ができよう。
私は壁。壁なのだ!

ありがたいことにそんな私を気にすることなく、副隊長とチヒロ様は話しを続けた。

「挨拶だけではないでしょう。話したそうですね。義兄が言っていました」

「――嘘つき。お義兄さんがそんなこと言うわけがないもん」

「……随分親しくなったようですね。義兄と」

副隊長からはますますピリピリした空気を感じる。

怖い!怖い、怖い、怖い!

コドリッド伯のお屋敷で、チヒロ様が夜遅くにサージアズ卿のお部屋を訪ねたことがバレたのか?

《あの男》が言った?
……いや。《あいつ》だって、あんな夜更けにサージアズ卿のお部屋にチヒロ様を案内したことがバレたらタダでは済まない。
チヒロ様にも口止めされているし、報告はしていないはずだ。

―――あああ!どうしよう!

ハラハラしながら見ていると、チヒロ様は副隊長が発するピリピリとした空気を払拭する様にシュッとストールをかけ直し、こちら――ドアへと身体を向けた。

そのままドアへ向かうのかと思ったが、副隊長へと言葉を続ける。

「言ったでしょう?
コドリッド伯のお屋敷で偶然お会いしたから、ご挨拶させてもらっただけです。
セバス先生からもエリサからも、そう報告を受けてるんでしょう?
だいたい、お話する時間なんてありませんでした」

「人に言えない時間に会ったんですね」

「―――」

「教えていただけますか。義兄と何を話されたのか」

「だから。お義兄さんには、ご挨拶させていただいただけです。
――教えて欲しいのは私の方です。
アイシャがシンの屋敷の人で騎士だったこと、なんで教えてくれなかったの?
おかげで私は、いもしないシンの屋敷の人のことを心配をしちゃったじゃない」

「私はアイシャが《子どもに貴女の名前をつけることにした》と言ったすぐ後で
《屋敷の者が子どもに貴女の名前をつけることにした》と言いました。
あそこまで言っても、アイシャと私の屋敷の者が同一人物だと貴女が気がつかなかったのは私のせいではありません」

「ぐっ……。絶対、陰で楽しんでいたでしょう。私がいつ気がつくのかって」

「楽しんでいません」

「絶対嘘だ。嘘つき」

「嘘ではありません」

「嘘つき」

「嘘ではありません」

「嘘つき」

「嘘ではありません」

「嘘つき」

「嘘では―――」


―――これはなんだ


ぽかんと口があいてしまった。

先程までの恐ろしさはどこへやら。

私は延々と繰り返される二人のやり取りに呆れていた。

そして、信じられないものを見ている気がした。


―――副隊長は、こんなに子どものような人だっただろうか?


いつもの副隊長ではない。

苛立ちを隠せずにいる。
きっと自分の心なのに、全く思うようにならないんだ。

だが……チヒロ様と義兄上が自分の知らないところで話をされたとはいえ副隊長は、どうしてここまで心を乱されている?

《誰》のせいで……平静を失っている?

チヒロ様とサージアズ卿、お二人のせい?

それとも……どちらかのせい?

義兄上のサージアズ卿か?

あるいは―――――

……いや。
今は、それは置いといて。

「嘘つき」

「嘘ではありません」

「嘘つき」

「嘘では―――」

いつまで続けるおつもりだろうか。
まったく、お二人とも何をしてるんだか。

私は息を吐くと、二人のやり取りに割り込んだ。

「お二人とも!レオン様をお待たせしているのでは?!」

二人はぴたりと動かなくなった。

よし、ケンカは終わった。
やれやれ。

まるで子どもの喧嘩の仲裁みたいだ。


………お母さんってこんな感じかな。


あああああああっ!私ってば何て想像を!!

私は慌てて虫を払うようにぶんぶんと首を振った。


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