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1000年目
52 盾 ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
「シンのお義兄さん?」
レオンの執務室にいた人を見て私は驚いた。
シンのお義兄さん――サージアズ卿はいつもの静かな微笑みを浮かべ立っていた。
コドリッド伯のお屋敷でお会いしてからまだそんなには経っていない。
それでも久しぶりの再会に嬉しくなってかけ寄った。
「お久しぶりです。今日はどうされたんですか?」
「――君の《盾》となった挨拶にみえたんだよ」
返事をしたのは執務用の机についていたレオンだった。
「え?」
―――私の《盾》?
「で、チヒロ。君を呼んだんだ。何故、言わなかったの?」
「え?」
私の反応を見たレオンはサージアズ卿に目を向けた。
「サージアズ卿?」
サージアズ卿はにっこり微笑んだ。
「はい、チヒロ様に《盾》となることを認めていただきましたよ。
儀式はきちんと《三人以上の証人》が立会う場所で行いましたし。
ああ、こちらのエリサさんも証人です」
「そうですよね?」とサージアズ卿ににこやかに言われ、ドアのあたりにいたエリサは顔をひきつらせた。
「とは言っても私は、剣を置いたいわば《元・騎士》ですので。
儀式は騎士の剣を使った誓いでも貴族が陛下に誓うようなものでもなく、手で手を包むという《古い方法》をとらせていただきました。
それでチヒロ様は戸惑われたのかもしれませんね。
しかし《正式》なものです。
三人以上の証人がいる中、忠誠を誓う言葉を述べた私の両手を、チヒロ様の両手で包んでいただき主人となっていただいたのです。
そしてチヒロ様にはお名前と、《我が主人》と呼ばせていただく《名誉》をいただきました」
はい?
―――なにそれ
いやいやいや!
え?
手で手を……って、あのコドリッド伯の屋敷での?
帰る日の、朝のやつ?
《おまじない》って言ってたやつ?
ちょっと待って。
聞いてないよ?
あれが誓いの所作だとか、誓いの言葉とか。
言われてないよね?
私は、名前で呼んでいいかと聞かれただけで―――。
口をパクパクさせるだけで言葉が出ない私を見て、サージアズ卿はにっこりとそれは優雅に微笑んだ。
「よろしくお願いしますね。《我が主人》チヒロ様」
こ……この人って。
見た目に騙された!
そりゃ、ひとめ見て「この人が《王家の盾の当主》だ」と思った人だ。
只者じゃない。
柔和な見た目と中身は絶対違う、とは思っていた。
思っていたけど、それは《王家の盾の当主》としての顔の話で
こういうことじゃない。
こういうことじゃ……。
サージアズ卿は私の顔を覗き込むようにして言った。
「どうしました?《我が主人》」
「―――――」
―――なんて人なのだ!
めまいがした。
そうだった。
この人、シンのお義兄さんなんだわ……。
ああ、シンが機嫌が悪い理由がわかった。
自慢のお義兄さんが私の《盾》になるなんて、そりゃ気分悪いよね。
どうしよう。
あああああ頭痛い……。
私とサージアズ卿のやりとりを見ていたレオンが言う。
「……ふうん。チヒロの顔でどういうことか、わかった。
で?チヒロ。サージアズ卿は君の《盾》になったそうだけど。いいのかな?」
「―――ハイ」
って答えるしかないでしょう。私は。
ごめんなさい、シン。
「よろしいのですね?」
そう囁いてきたのはサージアズ卿だ。
よろしいのですね?――って何故、貴方が言うのだ。
そして何故、楽しそうなのだ。
内緒話をする時のように近づけられた笑顔に聞きたくなる。
真夏の青空のような瞳をしたこの人に、上手くかわされて終わりだろうけれど。
私は観念して、返事をする。
「貴方が望むなら。……よろしくお願いします」
ため息混じりに言ってしまったけど、それは許して欲しい。
サージアズ卿は「さすが《我が主人》」と言ってくすくす笑った。
―――あれ?
「でもサージアズ卿は《王家の盾》の家の人でしょう?
私の《盾》になってもいいの?」
そう聞いたらレオンに呆れられた。
「君にはすでにエリサという《盾》がいるのに、何を言っているの?」
「え?」
「この国の騎士は全員、国王陛下に忠誠を誓っている。
王宮の近衛や、国の騎士団の騎士だけではない。
貴族の騎士も、主人である貴族が国王陛下に忠誠を誓っているのだから同じこと。
最終的な主人は皆、国王陛下だ。
騎士は、騎士本人だけが《国王陛下》に一代限りの忠誠を誓う。
《王家の盾》は、一族全員が《王家》に忠誠を誓う。
普通の騎士と《王家の盾》の一族との違いは、そこだけなんだよ」
言われてやっと、私は以前エリサに聞いていたのを思い出した。
《南の宮》で行われたアイシャの仮の結婚式だ。
アイシャの《忠誠の誓い》を聞いた時、説明してもらったんだっけ。
あの時は自分に関わってくる事だとは思っていなかった。
でも、今度はちゃんと教えてもらわなきゃ。
「つまりシンのお義兄さんは王家に。
エリサは国王様に忠誠を誓っているということ?」
「そう。そして騎士には、手当や所領などの《保護》が与えられる。
個人への忠誠は、それとは別物なんだ。
個人へ忠誠を誓う騎士に与えられるのは忠誠を誓った人を《我が主人》と呼べる《名誉》だ。
この国は、その二つの忠誠を認めている。相容れないようなものでない限りね」
サージアズ卿が言う。
「私やエリサさんの場合、王家と国王陛下。それに『空の子』のチヒロ様。
両方は相容れないものではないため、両立が認められます」
「そうなんだ」
「ちなみに個人に誓う忠誠は一人のみに捧げるものですから私の主人はチヒロ様だけとなります。
私に非があり、チヒロ様から破棄されない限り生涯有効です。
よろしく、チヒロ様。そしてお許しいただけますか?第3王子殿下」
身体が震えた!
―――重い!
一人のみ? 生涯?
というかそれ、エリサからも聞いてない! エリサーーーっ!?
見るとエリサは私から目を逸らし、苦笑いをしながら頬をぽりぽりかいていた。
私が怯まないように、ワザと言わなかったわね??
いい判断だよ。くぅぅぅ。さすがエリサ。
でも……つまりエリサは、ずっと一緒にいてくれるって事で。それは嬉しいけど。
サージアズ卿はいいのかな?
私は不安に思ったがレオンはあっさり許可し、サージアズ卿は続ける。
「とはいえ、さすがに私には仕事がありますし、異性ですので私自身が《盾》としてチヒロ様についているわけにもいきません。
つきましてはチヒロ様に《影》をつけさせていただきたいと思いますが」
「……なるほど。《影》ね」
「《影》?」
私が聞くと、サージアズ卿が教えてくれた。
「姿を見せずに貴女を守る者です。
チヒロ様は何も気にされずに今までと同じように生活できますよ」
「あ、忍者みたいなもの?すごい。この国にいるんだ」
「《ニンジャ》?」
「いえ、それは気にしないでください。それより私に《影》って。
そんな必要がある?」
「何も特別なことではありません。要人には必ずつくのですよ」
「そうなんだ」
要人かあ……。
こういう時、つくづく自分は『空の子』なんだなと思う。
前世、一般人だったからいつまで経っても慣れる気がしないけど……。
私のためにしてくれることだもの。慣れなきゃね。
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