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12 侍従カイゼルside ※暴力を受けた表現を含みます

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3年前。
エミリア様が養女として屋敷に来られた日のことです。

顔を合わせるなり、奥様はエミリア様が持っていた袋を取り上げ、私に捨てるように言われました。
たったひとつ。エミリア様が修道院から持って来られた荷物を、です。
それを奥様は修道院で使っていた薄汚い持ち物など、もう必要ないからと。

ジェイデン様と《エミリア》様はそれを笑いながら見ていましたが、旦那様はその行為を咎めました。

すると奥様は物凄い勢いで旦那様に食ってかかられて。
お子様方とエミリア様がいる前でもいつものように旦那様と、ご自分の妹エレノーラ様の不貞を責めて。

最後は
「エミリアには《何事もなく》この屋敷で暮らして欲しいでしょう?」
と言って旦那様を黙らせ終わりました。

エミリア様は黙ってじっと耐えておいででしたが。
自分は、この屋敷にいてはいけない存在だと思われたのでしょう。
修道院に帰りたいと思ったのかもしれません。


……夜。
皆が寝静まってから、屋敷を抜け出されたのです。


どうやって抜け出したのか、どこまで行かれたのかはわかりません。
私も皆と同じく眠っていましたから。

私が、気配や物音などで気づいたのでもありません。

半地下のメイド部屋の――私の部屋の窓の前までやってきて私を呼び起こすと。
私に窓を開けさせ外から――庭からエミリア様を部屋に落としたのです。


―――ジェイデン様が。


そして驚きつつもエミリア様を受け取った私に言われました。

「こいつをお前に任せる。二度と逃すな。ひと月は部屋に閉じ込めておけ。
その間に、お前はもうここで暮らすしかないんだとよく言い聞かせろ。
そして貴族の令嬢がどういうものかも教えておけ」と。


ジェイデン様はそのまま行かれてしまいました。

一方、エミリア様は……がたがたと震えてみえました。
当然です。
……明かりをつけて見れば……服はあちこち破れ、傷だらけで。
何があったのか。聞けもしませんでした。

……私は怯えているエミリア様を宥めて服を脱がせ、傷の手当てをしました。
夜遅くです。火は使えません。仕方なく水で身体を清め、手当をしました。

万一、取り返しのつかない傷跡があったら……と最悪の想像をして手が震えましたがそれだけは。

お顔には打たれた跡が。
首には絞められた跡が。
腕には……きつく掴まれたのでしょう。指のあとが。
手足には擦り傷や、打ち身がありましたが、お身体は……。
エミリア様は無垢のままでした。神に誓って本当です。

ですが、貴族のご令嬢は《何かあった》と疑われれば終わりです。

だから私は誰にも言いませんでした。

侯爵家のメイド部屋は二人部屋ですが、当時私は一人で使っておりましたし、別の部屋の他のメイドは気づいていなかった。

私さえ黙っていればあの夜、あったことは誰にも知られない。
ならば墓場までもっていこうと決めていたのです。


エミリア様の名誉の為に。
そして、ジェイデン様の為にも―――。



◆◇◆◇◆◇◆



「ジェイデンが……エミリアを傷つけたのか……?
エミリアが屋敷から逃げ出そうとしたから」


それまで話を黙って聞いていた王太子殿下が問うと、カーラは流れる涙をそのままに俯いた。

「……そうであって欲しくないとは思いますが……」

「ジェイデンにもエミリアにも……聞けはしなかったか」

「……はい……」

「―――それ以来。エミリアは男性に怯えるようになったんだな。
ジェイデンだけではなく?」

「……はい。長く女性ばかりの修道院で隠れるように暮らし、男性を見る機会もなかった方です。その圧倒的な力の差が……それは恐ろしかったのだと思います」


王太子殿下は目を閉じた。
そして、礼を言ってメイドのカーラをかえすと、馬車を出すように命じた。

それからはひと言も口をきかれていない。
黙って溢れてくる怒りに耐えておられるのだ。私にはわかる。


だが、何故これほどまでに王太子殿下がお怒りになるのか。
口惜しいが、それが私にはわからない。


婚約者選定にもさほど興味を示されていなかった殿下が、ジェベルム侯爵家の《エミリア》を調べろと言い出された時には驚いた。
婚約者候補として名が上がった令嬢の中で、彼女だけは絶対に有り得ないと思っていたからだ。

だが、それが実は王太子殿下が婚約者にと望むのは《エミリア》の身代わりを務めていたエミリア様だと知って、一応納得はした。

しかし婚約者候補の中には他にも婚約者として相応しい令嬢はいる。
そういう令嬢を選ぶ方が、ジェベルム侯爵家のような問題を抱えた家のエミリア様を婚約者として迎えるより、はるかに良い選択のはずだ。
それなのに。

私とて、エミリア様の境遇は気の毒に思う。
だがジェベルム侯爵家から解放してさしあげれば良いだけの話ではないのか。

―――何故。婚約者はエミリア様でなければならないのか。

エミリア様に執着されていると言って良いほどの、王太子殿下のご様子は。
いったいどこからくるのか。

片やこの国の王太子殿下。
片や義姉《エミリア》の身代わりに教会へと行く以外は侯爵家に閉じ込められていた令嬢だ。その侯爵家に引き取られる前は、10年に渡って女性ばかりの修道院で密かに暮らしていた方。

接点のあるはずのないお二人の大陸公用語が似ていることは不思議に思ったが、何よりそれを私が指摘した時、王太子殿下がはぐらかされたことが気になっている。

何かある。
だが、何を。何故、私にまで隠されているのか……。


私がじっと見つめていたことに気づいたのか、王太子殿下は口を開かれた。

「―――カイゼル」

「はい」

「これからは短くとも毎日エミリアに会いに行こうと思う」

「はい。ではそのように」

「ああ、頼む。まずはエミリアだ。
待っていてくれ。お前が知りたいことは、あとで必ず言う」

「―――――」

お見通しか。

私は微笑んで答えた。


「楽しみにしております」


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