そして、身代わりの令嬢は……

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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39 侯爵夫人side

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私はあの人の妻になった。
お腹にはジェイデンが宿った。


あの人に顔も合わせないほど嫌われていたけれど構わなかった。
私は卑劣な方法で強引に妻になった。あの人を苦しめた。
殺されたって仕方がないのだから。

メイドに泥まみれのドレスを着せられても。食事を出されなくても。
上位貴族のご婦人たちのお茶会でどれほど嘲笑されても。お茶をかけられても。
私は耐えた。

いいえ――平気だったわ。
生まれてからずっと『姉』や『後継者』という目でしか見てもらえなかったことを考えれば。
よほど『私』という人間を見てくれていると思えたもの。

私を見てくれているなら、あとは認めてもらう努力をすれば良かった。
マナーも、社交も、女主人としての仕事も。ジェベルム侯爵家の嫁としても。
あの人の妻だと誰からも認められるように。

そうしていたら、いつの間にか
あの人は私に笑いかけてくれるようになった。
私と息子ジェイデンにとても優しい眼差しを向けてくれるようになった。

本当に嬉しかったわ。
私を妻だと認めてくれたのだと思った。
私の努力が報われたのだと思った。

私の努力がエレノーラ――貴女に勝ったと思った。


でも……夢、だった。

あの人は優しい良い夫のふりをしていただけ。
貴女との逢瀬を隠すためにね。

何年経っても。
何年一緒に暮らしても
私たちの間にジェイデンがいて、さらに《エミリア》がお腹にいても。

あの人は貴女を愛していた。


結局全部……貴女が持っていくのね。
自由も、両親の愛も、あの人も。
私が欲しいものは全て。

憎んだわ。
憎めるだけ憎んだ。
貴女はもちろんのこと
あの人のことも
両親も
私を姉にした運命も
そして、貴女の娘エミリアも

憎くてたまらなかった。
貴女と似た柔らかな表情も。
何を言っても醜く泣き叫ばないところも。

修道院で育ったくせに私の《エミリア》よりも教養があるところも。
《エミリア》の代わりに教会へ行かせれば「優しい娘」だと人から私が褒められることも。

王太子殿下が婚約者にと本当に望んだ娘だったことも。
全部、全部、全部――!


憎んで、憎んで、憎んで……

もう……憎み疲れたわ。


貴女の呪いか何かは知らないけれど……こうなって良かったのかもしれない。

息はできる。
スープを飲み込むことはできる。
だから生きていられるわ。

目は開くの。
あの人が見られる。

喋れないし動けないの。
これであの人に酷い言葉ばかりを吐かずに済む。
これであの人を叩かずに済む。

耳は聞こえる。
あの人の声を聞くことができるわ。

……あの人、私を『ノーラ』と呼んだわ。
エレノーラ。貴女、そう呼ばれていたのね。

上手な方法ね。
あの人が、もしうっかり貴女を呼んでしまっても
『ノーラ』なら私に気づかれずに済むものね。

ふふ……感謝しているわ。
私を呼んでいると思うことができるもの。

たとえ貴女の身代わりでも、私はあの人といられる。
あの人から長く向けてもらえなかった笑顔を向けてもらえる。

幸せよ。


心残りはジェイデンと《エミリア》のことだけれど。
……あの子たちは大丈夫よね。

我慢ばかりを強いられた私のようにではなく
自由にさせて抱きしめて。それは可愛がって育てたわ。
自分が両親に、そうして欲しかったように。

……大丈夫よ。
私は間違った育て方はしていない。


間違って……ない…………。


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