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43 侯爵令嬢《エミリア》side
しおりを挟む……許せない。あいつが。お父様が。
王太子殿下の婚約者の座を《私》から奪って。
二人で《私》のことを笑っていたに決まってるわ。
自分の評判を落としてまで、あいつを実の子と認めたんだもの。
あいつに関心のないふりをしていたけど、お父様は影であいつを可愛がっていたに決まってる!
部屋を出て、あいつがいた部屋に行くことにした。
廊下には誰もいなかった。
もう見張りはいらないと思ったのね。
そんなところまでいちいち癇に障った。
でも……好都合よ。
王宮に上がる時、あいつは何も持っていかなかったと聞いたわ。
なら残っているはずよ。
あいつが、お父様からもらったものが。
何もない部屋だった。
でもそう見せていただけ。
気づかれないように隠してあるはずよ。
豪華なドレスか、宝石か。
何か。
あいつの大切なものが!
壊してやるわ。
引き裂いてやる。
そうでもしなくちゃ《私》の気がおさまらない!
あいつが使っていた部屋のドアを勢いよく開けた。
予備室だった粗末な小部屋はあいつがいた時と変わっていなかった。
メイドが片付けた様子もない。
《私》は何か隠してありそうなところを探していった。
《私》の身代わりに教会へ行く時のドレスや靴。
《私》の代わりに勉強させた本。
《私》の代わりに大陸公用語で王太子殿下の手紙の返事を書かせていた便箋とペン。
全部放り出していく。
《私》の部屋の半分もない広さなのだから、すぐに見つけられるわ。
そう思っていたのに、何も出てこなかった。
上手く隠したものね。
いらいらして《私》は叫んだ。
「どこよ!」
「《エミリア》様?ここで何をされているのですか?」
振り向くとカーラがいた。
《私》は持っていた机の引き出しを投げ捨てた。
「探しているのよ!あいつの大切なものを!」
「……え?」
「カーラ。あいつの物はこの部屋に全部あるの?
他の部屋に移したり、王宮に運んだりはしてないのよね?」
「え、ええ」
ぎりっと歯噛みした。
「ならどこに隠してるのよ!あいつ……。
ねえ、お父様があいつに何を贈っていたか知らない?」
「贈っていた?」
「そうよ!あいつ、みんなに隠れてお父様から何かもらっていたんでしょう?
それこそ山のように!あいつはお父様の愛するエレノーラの娘だものね!」
カーラは目を見開いた。
それからゆっくりと、首を左右に振った。
「……《エミリア》様。ここにはお父様が贈られた物など何ひとつございません」
「嘘よ!」
「本当です。贈り物どころか、お父様は。
きっと、この部屋にエミリア様がいたことすらご存知ありません」
「嘘よ!そんなはずないわ!
絶対に何度も来ていたはずよ!《私》たちに隠れて!
―――あのエミリアに会いに!」
「《エミリア》様……」
話にならないわ。
《私》はカーラを無視してどこかに何か隠せる場所はないか注意深く見ていった。
そして、気がついた。
さっき引き出しを投げ捨てた机。
その横には取っ手がついていた。横にも収納があったのだ。
はたして、そこを開けると中にはちょうど《私》の手に乗るほどの木箱があった。
何も装飾のされていない木箱だ。
貴重品を隠すには最適よね。
《私》はにやりと笑った。
「見なさいよカーラ。ほら。あったじゃないの」
カーラに勝ち誇ったように見せてから、《私》は木箱の蓋を開けた。
「……何よ。これ」
箱の中に収められていたのは……紙だった。
どれも小さな四角で、いろんな色の、模様の紙だ。
何十枚とある。
《私》は一枚を手に取るとじっと見て。
それから裏返し、そしてまた見つめた。
これは……
「……飴の……包み紙……?」
「綺麗ですね」
いつの間にか、カーラが横に来て同じように紙を見て微笑んだ。
「―――綺麗?」
《私》は首を傾げた。
「ええ。……私たち庶民が食べる飴の包み紙とは、全然違います」
「違う?」
「はい。私たち庶民が買う飴は、ひとつずつ包まれてはいません。
茶色い紙の袋に買った個数だけまとめて入れられます。
それでも滅多に買えません。飴は高級品ですからね」
「……飴が……高級品……?」
「ええ。……ですから。
修道院育ちのエミリア様は、このお屋敷にみえるまで飴玉を知らなかったのでしょう。
綺麗な包み紙を大事に取っておいたのですね」
「―――――大事に……?」
《私》は飴の包み紙を見つめて、それから改めて部屋を見まわした。
……なんにもなかった。
山のようにあるだろうと思っていたお父様からの贈り物だけじゃない。
あったのは
《私》の身代わりに教会へ行く時のドレスや靴。
《私》の代わりに勉強させた本。
《私》の代わりに大陸公用語で王太子殿下の手紙の返事を書かせていた便箋とペン。
あとは。
この……飴の包み紙の入った木箱だけ……。
「……馬鹿じゃないの……?」
持っていた包み紙をくしゃりと握った。
ご褒美だと言って笑って渡した。
受け取るあいつは笑ってなかった。
知っていたはずよ。
《私》がふざけて……あいつを蔑んで渡していたことを。
なのに。
こんなものを……まるで……宝物のように取っておくなんて。
あいつ……
馬鹿じゃないの…………?
「馬車の用意ができたようですよ。
行きましょうか。《エミリア》様」
カーラがそう言って、《私》の背中にそっと手をやった。
《私》はぐっと口を結ぶと、持っていた包み紙を元のように入れて木箱の蓋を閉めた。
カーラはそれをじっと見つめていた。
「……それを、どうするんですか?」
「―――意地悪よ」
《私》はそう言うと、くるりと向きを変えドアへと向かった。
木箱を持ったまま。
領地へと向かう馬車に乗る為に。
「最後の……意地悪よ」
そうよ。
これは意地悪。
もう会うことはないもの。
この箱は……二度と返してやらないわ。
馬車に向かい歩く《私》の両手の中で
箱はかさかさと小さな音をたてた。
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