いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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プロポーズ

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信じられない。


信じられないが……目の前には若い妻――フェリ。

認めるしか、ない。
それ以外、ない。


時が―――戻ったのだ。


言葉が出なかった。

「セディク?」

俺は戸惑った。
フェリは《何も知らない》ように見えた。

昔の……若いフェリの顔だ。

不思議そうな顔で俺を見ているフェリ。
《今日》庭で見たあの、何もかも諦めたような表情ではない。

俺を見ている目も……恋人だった頃の優しい目だ。
《今日まで》を知っているようには見えなかった。


―――俺だけに……記憶があるのか?


「……フェリ……?」

恐る恐る妻の名を呼んでみる。
フェリは首を傾げ笑った。

「なに?どうしたの、セディク。今日は何か変よ?」

「フェリ……」

俺はフェリを抱きしめた。

やはりフェリは《何も知らない》のだ。
《今日まで》の記憶があるのは俺だけ。

奇跡だと思った。
何故こんなことが起きたのかは、わからない。


だが、やり直せるのだ。
初めから……


涙が滲んだ。
俺は一度も祈ったことなどない神に初めて感謝した。

俺を優しく抱きかえしてフェリが言う。

「本当にどうしたの?可笑しなセディク。
それで?話って何?」

「……話?」

「話があるからって私に、ここに来るよう言ったじゃない。
やだ。もしかして忘れちゃったの?」

途端に思い出した。

丘の上。
辺り一面に生えている草花。
フェリを呼び出した俺。
そして何より今の……フェリの蜂蜜色の服。


今日がプロポーズの日なのだ。


ここでプロポーズして
そしてフェリが頷いてくれた日。

そうか。
《ここ》からやり直せるのか。


俺は《前回と同じように》フェリの前に跪き言った。


「《結婚しよう》」

フェリは驚いたように俺を見て

「《……私でいいの?》」

俺は笑って言う。

「《フェリが良いんだ》」

「《ありがとう。嬉しい》」

フェリが頷いて涙ぐむ。


よし、《前回と同じ》だ。
これで俺たちは《また》夫婦になる。


やり直そう。
《今度は》間違えないように。


俺は立ち上がって《これから》の事を考える。

「明日、フェリのお父さんに挨拶に行くよ。次の休みに俺の両親に挨拶に行く。
そしてひと月後に結婚式をしよう。忙しくなるぞ」

「え……そんなに急に?大丈夫?準備できるかしら」

驚いているフェリを見て、俺は笑った。

「できるんだよ。《絶対》」

「でも……ウエディングドレスや……ベールも……」

「ああ、大丈夫さ。お母さんに《借りられる》よ」

「……え?……」

《前回》もそうだったのだ。
問題はない。


あとは……何をするのだったか。


俺は腕組みをして記憶を手繰る。

《あの家》は今の――結婚前から俺が住んでいる家だ。
両親に買ってもらった家。

そこにフェリが実家で使っていた家具を持ち込んだだけ。
それで新婚生活を始めた。

新しく何かを揃えた記憶は……なかった。
よし。することは特になさそうだ。


「セディク?あの……」

フェリがまた俺を呼ぶ。
俺が傷つけてしまう前のフェリだ。

俺はもう一度フェリを抱きしめた。

20年も酷いことをして本当にすまなかった。
でも《今度》は傷つけたりしない。

記憶があるのだ。
俺にはそれができる。

「ああ。嬉しいよ。楽しみだな。
そうだフェリ。子どもは何人欲しい?」

「子ども?」

「ああ。何人でも産んでくれ」

《前回》は俺のせいで《二度と妊娠しない》という辛い選択をさせた。
《今度》はそんな選択などさせない。

《仕事》だってこれまで20年もやってきた記憶がある。
《今度は》もっと上手くやれる。すぐに十分稼げるようになる。

「気が早いのね、セディク」

フェリがくすくす笑った。
明るい笑い声だ。《久しぶり》に聞いた。

俺は天にも昇る気持ちだった。

フェリは笑ったまま、楽しそうに言った。

「赤ちゃんは授かりものだもの。私たちが決められないわ。
でも、しばらくは夫婦二人で生活したいな」

「いいや。《絶対に》すぐ授かるよ。《娘》をね」

「なあに、その自信」

「本当なんだよ」

胸が熱くなる。
俺はフェリの頬を撫でた。

「妊娠中は《大変だ》けど、大丈夫。心配いらない。《無事生まれる》よ。
娘が生まれたら《ミリィ》と名付けよう。そして《リリ》と呼ぶんだ」

「……ミリィ?」

「ああ、俺たちの娘だ」

「娘にミリィと名付けたいの?」

「ああ。可愛い名だろう?」

フェリが俺の顔をじっと見た。

「待って。ねえ……何故ミリィなの?
私は……嫌だわ。リリと呼ぶんでしょう?なら名前は別の名に――」

俺は笑った。
そういえばフェリは《前回》も同じことを言っていたことを思い出した。

懐かしい記憶だ。
でも結局、娘は《ミリィ》に《決まった》。

「――駄目だ。名前はミリィに《決まっているんだ》よ」

《知らない》フェリは戸惑ったのだろう。
視線を辺りに彷徨わせた。

俺はリリの顔を思い浮かべて幸せな気持ちになっていた。
賢い子だった。小さい頃から物静かな。

「可愛いぞ。きっと絵が好きな子に――」

「―――なさい」

「……え?」


今、なんて言った?

――ごめんなさい――

そう言ったか?


聞き返す前に、フェリは俺の腕をするりと抜けて走り去った。



何が起こったのかわからず、俺は呆然と立ち尽くした。


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