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中編
気がつけば、訓練場は私たち二人になっていた。
風が汗をかいた身体に心地よい。
汗を拭いた布をたたんでいると隣からウェイドの声がした。
「……お前さあ」
「何?」
「なんで隊長の求婚を受けたんだ?隊長が好きだったのか?」
笑ってしまった。
―――あれが求婚?
「《そろそろ身を固めろ》って親戚が山ほど釣書を持ってきて、うるさくてたまらなかったんだって。
で、結婚してくれないかって言われた」
「はあ?!何だよそれ」
―――誰が誰を好きだって?
「で、お互い妙な感情を持ち合わせていないならちょうどいいか、と受けた」
「は?」
「好き?馬鹿らしい。そんな感情はいっときの気の迷いだよ。
ああ、結婚は一生の愛を誓うものだ、とでも言う?
契約だから裏切るなと誓うだけでしょう」
「お前。そんな……身も蓋もない……」
「だってそうでしょ。人の心なんて変わるんだよ。一生同じ気持ちがあるなんてあり得ない。
好きだの愛してるだの、そんなのただの幻だよ。いつか消えるものなの」
「いや。そんなことないだろ。尊い気持ちだよ」
「あのさあ。あんたが言うかな?女性を取っ替え引っ替えしてるあんたが?
この一年で5人はいたよね?彼女」
ウェイドはわかりやすく狼狽えた。
私が知らないとでも思っていたのだろうか。
「お、俺は探してるだけだよ!俺には《この子》しかいないっていう女の子を。
そのためには、とにかく付き合ってみないとわからないだろ。相手のことが」
「よーく知ってるだろって言ってんの。《好き》って気持ちを何人に持った?
何人を《この子なら》って思った?気持ちはすぐに変わるの。あっけなくね」
「俺はともかくだ!お前にはジャンがいるじゃないか」
「はあ?ジャン?」
「ずっとジャンにつきあってくれって言われてただろ?知ってんだぞ。
なのにいきなり、一言もなく隊長と結婚って。あいつに悪いと思わないのか?」
何を言うんだコイツ。
私は盛大にため息を吐いた。
「思わない。付き合ってたわけじゃないし。むしろジャンはこれで私のことを
見限れるでしょう。
そしたらまたすぐに別の誰かに好きだって言うよ。あんたみたいに」
「いや、そんなことないだろ。
ジャンはお前が隊に入ってからずっとお前のことだけを見てたんだぞ?」
「私の家が借金だらけなの知ってる?」
私の家は貴族ではあるが借金だらけだ。
きっかけは領地が天災に遭ったからなので誰も責められないが、それで生活は
一変した。兄は父と金策に駆け回る日々。妹は侍女として他の貴族の家で働き、
私は近衛騎士となった。そして
母は家族を見限り家令と消えた―――
なのに父は未だ母の部屋をそのままにしている。
戻るとでも思っているのだろうか。哀れな人だ。愛という幻にしがみついて。
母の置いて行った装飾品を売れば生活も少しはましになるというのに。
「……あー。……まあ。お前んちの事情は聞いてる」
ウェイドは困ったように頬をかき、私は笑った。
「ジャンはね。親が作った借金を私が背負うことはない。二人で逃げようって」
「え?」
「二人で隊を辞めて逃げようって。借金踏み倒した無職二人の逃走。
指名手配犯だよ。誰にも見つかっちゃいけない。
で、どうやって暮らすのさって聞いたら――」
「――聞いたら?」
「愛があればなんとかなるってさ」
「―――」
「愛で腹が膨れるかっての。全く先を見てないんだよ。ジャンはその場限りのことしか考えてない」
「……」
「優しい奴だとは思うよ。けど、私はごめんだわ。
なら手酷く振ってやった方がアイツのためにもなるでしょ」
「わからないではないけど。……その。お前んちの借金、そんなに多いのか」
「多いよ。だから私は近衛騎士になった。宿舎があって給料もいいからね」
「ちなみにその借金。隊長はなんて?」
「《私の財力なら全く問題ない》って」
「………それもどうなんだよ……」
ウェイドの背中がへなへなと曲がった。
「……聞いてると借金返済して貰えるなら誰でもいいように聞こえるけど。
お前、それでいいのか?」
「いいよ。まあ相手が触られることに嫌悪感を抱くようなタイプだったらさすが
に悩むけどね。隊長なら筋肉質だし問題は――」
「――やめろ」
ウェイドは泣きそうな声で言うと両手で顔を覆った。
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