久遠のプロメッサ 第二部 誓約の九重奏

日ノ島 陽

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1章 記憶海の眠り姫

6 カラスの住処

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「どうしたの?」

 リコの言葉にハッと我に返る。
 高鳴っていた胸の鼓動は急激に鳴りを潜め、乱れかかっていた呼吸も落ち着きを取り戻す。

「い、いいえ。なんでもないわ。……綺麗ね」
「そうでしょ? これは何があっても手放さずにずっと大切にしていくつもりなの。ふふ、自慢できて良かった」

 やはり無理だ。嬉しそうに笑うリコから宝物を譲り受けるなど……まして奪うなど、尚更。

(……きっと何か他にも、死ぬための方法はあるはず)

 今はそう思う以外に道はなかった。


***


 リコ自身の希望により、しばらくの間はのんびりと歩いて移動することになった。カラスの面子であるクレーエ、コルボー、カーグがそれぞれ必要最低限の荷物を背負ってリコと話をしながら砂利道を歩いている。
 こうして外を歩くのは途中にある村に着くまでの短い間で、その後は馬車を乗り継いでラエティティア王国の王都プレジールまで行く、というクロウが示した方針に反対する者はいなかった。新しい住処の整備が終わるまでは情報屋カラスの拠点で過ごすつもりらしい。

 時折、野生の蝶や花を見つけてはふらふらと追いかけていきそうになるラルカと、やんわりそれを止めつつ進路方向へ導くセルペンス、そしてそれを見て笑うノア。
 穏やかな空気が漂っている。

「大所帯だなぁ」

 頭の後ろで手を組み、その様子を見守っていたクロウが最後尾でそう呟く。口調はどこか嬉しそうにも聞こえる。

「満足そうね。貴方はあの子を外に出したくないと思っていたのだけど」
「そりゃあ、普通の生活をさせてあげられたら一番いいさ。でもな、一日で全ての記憶を失ってしまうんだぞ? それはあいつにとっちゃ地獄になりかねない。普通っていうのを知らない方が幸せなんだよ、きっと。ただな?」

 ハシバミ色の目が眇められる。楽しそうに笑う彼らを見て、複雑そうな表情を浮かべながら。

「あんなに楽しそうな姿を見ちまうと……俺の考えはこれで良かったのか、分からなくなってしまうな」
「……あら。そんなことを言うなんてクロウらしくない。貴方はいつだって無神経に人の心を読んで、ただひたすら仕事だけをしている人でしょう?」
「おやおや、手厳しいことで。でもな、お前だから言ったんだぞー」
「私だから?」
「そうそう。お前も似たようなもんだろ?」
「あぁ、そういうこと……って、そんなところまで読んでいたの? これ以上はやめてちょうだい。個人情報も何もあったものじゃないわ」

 クロウが言っているのはソフィアとレイの関係性の事で間違いはない。ソフィアもレイを守るためという正義感のもと彼の自由を縛っていた上、つらい思いをさせてしまっていたのだ。それを知った今、レイの望みに関しては口を出さないようにしていたのだが。

「いやーごめんなーでもなー仕事だからなー仕方ないんだよなー」
「謝罪に心がこもっていない上に言い訳までつけて。やり直し」
「えー」


***


 プレジールについてからというものの、リコはとても楽しそうにはしゃいでいた。クレーエに連れられて街を歩き回っている。

「ところで、ここにはいつまでいるつもりなんだい? 長居するつもりはないだろう?」

 荷物の整理を手伝いつつセルペンスが問うとクロウは頷く。

「あぁ。こちとら勝手にシアルワから逃げて来た身だからな。一応捜索はされているんだろうさ。俺が主犯ってのは知られているし、ラエティティアにも協力を仰ぐ可能性も大。数日のうちにはリコを連れて離れないとな」
「そう。なら片付けが終わったら少し歩いてくるよ。あの子、放っておけなくて」
「別にいいけど」

 掃除はさぼっていたのであろう、うっすらと埃が積もった物置らしき小部屋を綺麗に片付ける。しばらくはここがソフィア達よそ者の寝泊まりの場となる。カラスの面子には元々雑魚寝をしていた部屋があり、リコはそちらで寝るようだ。
 リコ、クレーエ、カーグを除く全員――ラルカも散策に誘われていたのだが、彼女は断っていた――で掃除を終えた頃。セルペンスはラルカとノアに声をかける。

「それじゃあ、行こうか」
「出かけるの?」
「あぁ。時間はあるみたいだし、少し街の……人の様子を診てこようと思って。ノアとラルカは付き添い。ソフィアも来るかい?」
「……貴方は今まで医者のようなことをやってきていたみたいね。それの一環でしょう? なら興味があるわ」
「了解。俺も君と少し話したいことがあったし、丁度良い」
「? そう、分かったわ」

 いってらっしゃーい、と見送るクロウを背に建物から出る。日差しが温かい。
 セルペンスは他愛ない話をしながらプレジールを歩き回る。ノアやラルカに様々な知識を語って聞かせたり、頭を撫でてやったりと見事な兄としての振る舞いを見せていた。ノアはいつも通りだが、ラルカの頬が紅潮しているのは気のせいだろうか。
 しばらく歩いていると気付いたことがある。
 医者として旅をしていたというのは本当らしい。時々「先生」と呼ばれ住民に話しかけられているのだ。その度に転んだ子供の怪我を治し、腰痛に悩む女性の痛みを癒やし、金槌でうっかり打ってしまった大工の腫れ上がった手を癒やし……公園に着くまでの間、セルペンスは他人と関わり続けた。

「こうしてちゃんと話すのは久しぶりだね、ソフィア」

 ノアとラルカが走り回って遊んでいるのを見守りながらセルペンスは口を開く。

「そうね。アズ湖の地下で会った時もここまで来る間も状況的に二人で話す時間はなかったわね。それで? 話したいこととは何かしら?」
「まず最初に、どこか怪我はしていない?」
「えぇ。どこも」
「そう。ならいいんだ。――ねぇ、君は……」

 ふわりと風が吹き髪を揺らす。セルペンスの横顔をじっと見ていたソフィアだが、髪で表情は窺えない。

「普通の人間から見れば残酷で、悲しくて、重い運命を歩まされているのに……君はどうして人間でいられるのかな」
「え……?」

 声が少しずつ小さくなっていったのと、ひときわ強い風が吹いたのも相まって最後まできちんと聞くことが出来なかった。かろうじて聞き取れた前半部分の言葉も意味が分からず、ソフィアは思わず眉をひそめる。

「ごめん、なんでもない。君が元気ならそれで良かったよ」

 振り向いたその顔はいつも通り穏やかなもので。それでも底知れない闇を感じ取ってしまい、ソフィアは深く追求することはできなかった。

「そ、そう。貴方も変わりなさそうで」
「あぁ」

 気まずい。なんと話を切り出せば良いのだろうか、と眉間に皺を作っているとセルペンスはクスクスと笑ってくる。訳も分からず首を傾げれば、ごめんごめんと謝罪が返ってくる。

「いや、本当になんでもないんだ。それと、ありがとう。ここまで付き合って貰って」
「私はただ着いてきただけだから別に。……そろそろ戻りましょうか。風が出てきたわ」

 少し前に比べて風が強くなり、雲の流れが速くなっている。このままでは青い空は白色に覆われ、肌寒くなるかもしれない。セルペンスも頷き、ノアとラルカを呼ぶ。
 二人は周囲に咲いていた花で指輪やら冠やらを作って遊んでいたようだ。そのほとんどはラルカが身につけており、些か多すぎるように感じるがキラキラと輝く笑顔の前では何も言えない。ソフィアは肩をすくめるだけに留めた。幸せならば何も言う必要はないだろう。

「へへへー、どうだ兄ちゃん! 頑張って作ってみたんだ」
「器用だね。とても似合っているよ、ラルカ」
「そうでしょうか……」

 えへへ、と照れくさそうに笑うラルカの格好をそのままに四人は歩いてカラスの住処へ、帰り道を歩くのだった。
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