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2章 誰が為の蛇
後日談1 弟戦争
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「というわけで、今後俺はこれから兄ちゃんの助手を務めることにしたぜ!」
「いやどういうことだよ」
クローロン村のとある民家の一階にて。
シェキナが作った焼き菓子をお茶請けに、ノアとアングの二人は机を挟んで向かい合っていた。背景にきらきらと輝きを背負って――もちろんノアの錯覚である――アングはにこにこと笑っている。
ノアはマグカップにたっぷりと注がれた紅茶をすすりつつ、半目になって目の前の男を見やる。敬愛する兄にちょっと悔しいくらい見た目が似ているアングだが、仕草はさっぱり似ていない。兄はもっと上品だ。
「だってさ、これからも兄ちゃんは医者として活動するつもりなんだろ? 付き添いがガキンチョ一人じゃ弟として心配になるってことよ」
「うぐぐ。……悪かったなガキンチョで。でも俺は優秀な弟だからな、お前よりは腕が立つし例え乱暴な奴らが何人来ようが兄ちゃんを守れるぞ」
「ぐぬぬ……悪かったなひ弱で」
そして二人して大きなため息をつく。
ノアとてアングが今後行動を共にすることに反対するつもりはない。むしろ否定が一切できない。実のところ、ノアとセルペンスだけでは少し足りない面があったのだ。具体的に言えば「交渉」である。セルペンスは押しが弱いし、ノアはけんかっ早い面があり何かとぼったくられたりトラブルが起きたりと大変なことも多かった。アングの方がその辺りは上手くやれそうだ。
しかし、しかしだ。
仲間ならともかく、同じ弟という立場の人間が増えるということには複雑な気分を覚えてしまう。しかもきちんと血のつながりのある。
(ふーん。俺の方が兄ちゃんと過ごした時間が多かったし)
ぐっと堪えて心の中で呟くに留め、ノアは木目が綺麗な天井を見上げた。ちなみに、一応立場としては心理カウンセラーとして各地を巡っていたアングは、渋面を浮かべている少年が何を考えていたかは簡単に察して苦笑している。
二階には彼らの兄であるセルペンスと、その世話を焼くシェキナがいる。
つい先日のこと、洗濯をするといって彼の服を無理矢理剥いだシェキナが鬼のような形相を浮かべてキッチンに走って行った記憶が新しい。曰く、予想以上に痩せ方が酷かったらしい。ノアは見たことがあるのだが、セルペンスの胴は肋が浮いており肉という肉がほとんどついていない。服で体格を誤魔化しているから気付かれにくいのだが、定期的に倒れるくらいには栄養失調気味なのだ。
あれからシェキナは彼を太らせるべく奮闘している。流石のセルペンスも燃え上がる彼女に引きつった笑みを浮かべるしかなかったようで、それを見たノアとアングは新鮮な気分になった。
「そういえば、兄ちゃんは俺と二人で今までは旅をしてきたけど、しばらくはシャーンスに滞在するって言ってたぞ」
「え、なんで? そしてなんかさりげなく強調してきたね? ふはは、俺の存在がそんなに悔しいか」
「俺もよく分からない。でも心配していることがあるみたいで」
「シャーンスにかぁ。そこに何かがあるんだろうなぁ。そんでもってスルー力がすごいなー」
「まぁそういうことかな」
「うん、反応待つのは諦めた」
セルペンスはセラフィの血を飲むことを辞退し、未だに能力と代償を背負っている。
その理由は「きっとこれからも役に立つと思うから」だそうだが、どう考えても表向きのものだろう。他にも理由があるはずだ。しかし、彼は弟たちに本当の理由を話すことはしなかった。心から穏やかな笑みを浮かべていたこともあり、二人も深く追求することはなかった。
そして彼がシャーンスに滞在するということは、そこで能力を使いたい何かがあるのだろう。ならばそれを助けるのが弟の役割だ。
「そういえばさ、二人はフェリクス様の知り合いなんだろう?」
「おう」
「なら美味しいものとかいっぱい食えるかな」
「厚かましいなお前」
なんだかんだ話していて飽きが来ない。一緒に旅をしても良いかもな、などと思い始めたノアだった。
アングはというと、心理カウンセラーにあるまじき胡散臭い笑みを浮かべると両手をすりあわせる。
「へへへー、医者ってのは上手くやると儲かるんだぜ……? がっぽりがっぽり……」
前言撤回。
この男、割と金に目が眩みやすい質なのか。
「お前さぁ」
「お? なんだ少年よ、金があったら兄ちゃん含め沢山遊べるじゃないか。何か問題でも?」
純粋そうな紫紺の瞳を輝かせたアングに、ノアはビシッと親指で自らの後ろを指さす。その方角には外へ出るための扉がある。
「ん?」
「外に出ろアングゥ……兄ちゃんを利用して金儲けしようなんざ百年早いわ。その根性を弟である俺自らがたたき直してくれよう」
「おいおい、キャラ変わってないか?」
「うるせぇ、良いから木剣持てぇい!!」
「ひぇ、冗談だってのー!!」
にこにこと黒い笑みを浮かべつつ立ち上がったノアから逃げようとしたアングだが、もちろん逃げられはしない。これまでの超人的な身体能力は失ってしまったノアだが、それでも並の人間以上には力はある。
首根っこを掴まれたアングが「やだ~動きたくねぇ~」とじたばた暴れようが離さない徹底ぶりである。
その後、容赦なく叩き直されたアングはノアの前でふざけることはしなくなった――かもしれない。
二階の窓際からその様子を見ていたセルペンスはクスクスと笑いつつ、
「仲が良いなぁ」
などと言っていたが、シェキナはあえてツッコミを放棄して反応を肩をすくめるだけに留めたのだった。
「いやどういうことだよ」
クローロン村のとある民家の一階にて。
シェキナが作った焼き菓子をお茶請けに、ノアとアングの二人は机を挟んで向かい合っていた。背景にきらきらと輝きを背負って――もちろんノアの錯覚である――アングはにこにこと笑っている。
ノアはマグカップにたっぷりと注がれた紅茶をすすりつつ、半目になって目の前の男を見やる。敬愛する兄にちょっと悔しいくらい見た目が似ているアングだが、仕草はさっぱり似ていない。兄はもっと上品だ。
「だってさ、これからも兄ちゃんは医者として活動するつもりなんだろ? 付き添いがガキンチョ一人じゃ弟として心配になるってことよ」
「うぐぐ。……悪かったなガキンチョで。でも俺は優秀な弟だからな、お前よりは腕が立つし例え乱暴な奴らが何人来ようが兄ちゃんを守れるぞ」
「ぐぬぬ……悪かったなひ弱で」
そして二人して大きなため息をつく。
ノアとてアングが今後行動を共にすることに反対するつもりはない。むしろ否定が一切できない。実のところ、ノアとセルペンスだけでは少し足りない面があったのだ。具体的に言えば「交渉」である。セルペンスは押しが弱いし、ノアはけんかっ早い面があり何かとぼったくられたりトラブルが起きたりと大変なことも多かった。アングの方がその辺りは上手くやれそうだ。
しかし、しかしだ。
仲間ならともかく、同じ弟という立場の人間が増えるということには複雑な気分を覚えてしまう。しかもきちんと血のつながりのある。
(ふーん。俺の方が兄ちゃんと過ごした時間が多かったし)
ぐっと堪えて心の中で呟くに留め、ノアは木目が綺麗な天井を見上げた。ちなみに、一応立場としては心理カウンセラーとして各地を巡っていたアングは、渋面を浮かべている少年が何を考えていたかは簡単に察して苦笑している。
二階には彼らの兄であるセルペンスと、その世話を焼くシェキナがいる。
つい先日のこと、洗濯をするといって彼の服を無理矢理剥いだシェキナが鬼のような形相を浮かべてキッチンに走って行った記憶が新しい。曰く、予想以上に痩せ方が酷かったらしい。ノアは見たことがあるのだが、セルペンスの胴は肋が浮いており肉という肉がほとんどついていない。服で体格を誤魔化しているから気付かれにくいのだが、定期的に倒れるくらいには栄養失調気味なのだ。
あれからシェキナは彼を太らせるべく奮闘している。流石のセルペンスも燃え上がる彼女に引きつった笑みを浮かべるしかなかったようで、それを見たノアとアングは新鮮な気分になった。
「そういえば、兄ちゃんは俺と二人で今までは旅をしてきたけど、しばらくはシャーンスに滞在するって言ってたぞ」
「え、なんで? そしてなんかさりげなく強調してきたね? ふはは、俺の存在がそんなに悔しいか」
「俺もよく分からない。でも心配していることがあるみたいで」
「シャーンスにかぁ。そこに何かがあるんだろうなぁ。そんでもってスルー力がすごいなー」
「まぁそういうことかな」
「うん、反応待つのは諦めた」
セルペンスはセラフィの血を飲むことを辞退し、未だに能力と代償を背負っている。
その理由は「きっとこれからも役に立つと思うから」だそうだが、どう考えても表向きのものだろう。他にも理由があるはずだ。しかし、彼は弟たちに本当の理由を話すことはしなかった。心から穏やかな笑みを浮かべていたこともあり、二人も深く追求することはなかった。
そして彼がシャーンスに滞在するということは、そこで能力を使いたい何かがあるのだろう。ならばそれを助けるのが弟の役割だ。
「そういえばさ、二人はフェリクス様の知り合いなんだろう?」
「おう」
「なら美味しいものとかいっぱい食えるかな」
「厚かましいなお前」
なんだかんだ話していて飽きが来ない。一緒に旅をしても良いかもな、などと思い始めたノアだった。
アングはというと、心理カウンセラーにあるまじき胡散臭い笑みを浮かべると両手をすりあわせる。
「へへへー、医者ってのは上手くやると儲かるんだぜ……? がっぽりがっぽり……」
前言撤回。
この男、割と金に目が眩みやすい質なのか。
「お前さぁ」
「お? なんだ少年よ、金があったら兄ちゃん含め沢山遊べるじゃないか。何か問題でも?」
純粋そうな紫紺の瞳を輝かせたアングに、ノアはビシッと親指で自らの後ろを指さす。その方角には外へ出るための扉がある。
「ん?」
「外に出ろアングゥ……兄ちゃんを利用して金儲けしようなんざ百年早いわ。その根性を弟である俺自らがたたき直してくれよう」
「おいおい、キャラ変わってないか?」
「うるせぇ、良いから木剣持てぇい!!」
「ひぇ、冗談だってのー!!」
にこにこと黒い笑みを浮かべつつ立ち上がったノアから逃げようとしたアングだが、もちろん逃げられはしない。これまでの超人的な身体能力は失ってしまったノアだが、それでも並の人間以上には力はある。
首根っこを掴まれたアングが「やだ~動きたくねぇ~」とじたばた暴れようが離さない徹底ぶりである。
その後、容赦なく叩き直されたアングはノアの前でふざけることはしなくなった――かもしれない。
二階の窓際からその様子を見ていたセルペンスはクスクスと笑いつつ、
「仲が良いなぁ」
などと言っていたが、シェキナはあえてツッコミを放棄して反応を肩をすくめるだけに留めたのだった。
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