久遠のプロメッサ 第二部 誓約の九重奏

日ノ島 陽

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3章 紅炎の巫覡

3 次期女王

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***

 その日は、ついにミセリアがマグナロアに訪れる日だった。
 あれやこれやと準備に駆り出されたせいで、日課となっているトレーニングや民との模擬戦が出来ていないことは寂しいが、レイやシャルロットと他愛ない話をしながら働くことも楽しいものだった。非日常だからこその楽しみだろう。
 最近は精神も安定している。世の中も特に滞りなく生活が出来ているようだ。
 そんな、実に平和な日に起きた平和な出来事だった。

 ミセリアは少し大きなランプを手にマグナロアへと迎えられた。
 ランプの装飾はソフィアたちが必死に磨いた燭台と似たものだった。赤銅色の衣服に身を包んだ従者たちの中で純白の衣装をはためかせるその姿はなんとも清廉で美しい。仕草も叩き込まれたのだろう、生まれが貴族であるかのように優雅なものである。

「よく来たねぇ、ミセリア。待っていたよ」
「あぁ。また訪れることができて嬉しい」

 最初の挨拶は長であるレオナからだ。ミセリアと握手と笑みを交しあう。

「早いと驚いただろうか?」
「いやぁ、アタシはもっと早くても良かったと思うね」
「そうだろうか」
「あぁそうさ。アンタはいずれ女王になったと思うよ。殿下のあの様子を見てれば、誰でもね」

 ん? とソフィアは片眉を上げた。
 ちらりと周囲を見やれば、レイもシャルロットも、シアルワの従者たちも全員がニコニコと微笑んでいる。
 薄々気がついていたのだが、ソフィアは漸く確信へと至った。

(なるほどね)

 以前王都シャーンスに滞在していた時、「次期女王候補」という言葉を聞いたことがある。ミセリアがその地位にあったようだが、どうやら「候補」部分が要らなくなったらしい。
 つまり、それは次期王であることが決まっているフェリクスのパートナーになるということだ。

「おめでとう、というべきかしら」


***


 夜は街全体で祭りのように豪奢な食事や催し物を用意してある。が、昼の時点でもいつも以上に豪華だったとソフィアは思う。
 食堂でミセリアは改めてマグナロアに来た経緯を、謝礼を交えつつ説明した。

「私がこの地に訪れた理由を知らない人もいるだろう。その者たちも含め準備に尽力してくれたと聞いている。ありがとう。――さて、今夜予定されている儀式について、説明しようと思う。どうか聞いて欲しい」

 シアルワ王国には、古くからの伝統があった。それが“かがり火の儀”である。
 内容は、シアルワ王国の女王となる女性が城から持ち出した聖火を各地の燭台に灯すことで、自らの存在を民に示し、自分が国を守るのだと誓いをたてるものだという。燭台の数は四つ。ひとつはシャーンスに、ひとつはマグナロアに、ひとつはポエタに、ひとつはニクスに。
 女王となることが決まった女性は、全ての燭台に聖火を灯した後はシャーンスへ戻り、ようやく王と契ることができる身となる。
 それが、百年ほど途絶えていたシアルワ王国の伝統である。
 ソフィアは納得した。レイ、シャルロットの二人が言っていた「旅」とはこのことだろう。二人はミセリアに同行する予定なのだ。

「私はフェリクスから共にあることを望まれ、私もまた望んだ。あいつはあの精霊ビエントをも変えてみせた。きっとみんなを良き方向へ導く王になるだろう。なら、私という存在はフェリクスの隣にいて問題ないと思わせるものでなければならない」

 黄金の瞳が僅かに細められる。

「ビエントが動かない今、人々の活気を取り戻すため儀式を復活させるというのが今回の表向きの理由だ。しかし、私は私自身を周囲に認めさせるためにこの機会を利用しようと思っている。どうか、私という存在を見極めて欲しい」

 一切着飾らない、実に挑発的な発言だった。
 強い女であることをアピールする口ぶりに、どこからか賞賛の口笛をならす者もいた。
 しんと静まりかえった食堂が再び沸き立つ前に、レオナが席を立つ。彼女はミセリアの前に立ち、腰に佩いた剣を鞘ごと取り外して持ち上げてみせる。

「ミセリア、この地がどんな民が集まった地か知っているね?」
「あぁ」
「なら、この剣の意味も分かるね?」
「……あぁ」

 ミセリアもまた、護身用であろう短剣を同じようにして持ち上げ、レオナのそれに添える。

「アンタの強さ、アタシに――いや、マグナロアに見せておくれよ。ま、殿下が認めた女だ、疑ってはいないけどさ」
「もちろん、受けて立つ。私はあいつを守ると決めた。それを示すよ」
「良いこと言うね」

 そこで漸く、周りの民がわっと立ち上がり慌ただしく食堂から走り去って行く。皆分かっているのだ。この二人が戦うことになるのが、闘技場というマグナロアの民にとって神聖な場であると。

「ミセリアなら大丈夫! 全力で応援するね」
「俺も。先に行って待っているよ」
「あぁ。ありがとう」

 二人の応援に微笑んだミセリアは、次いでソフィアの方を見た。
 投げかけられたのは、純粋な心配による問いかけだ。

「お前は大丈夫か?」

 ソフィアは唇に笑みを浮かべる。

「えぇ、今のところは。それよりも、レオナさんとの勝負へ意識を向けることね」
「なら良かった。こちらのことも心配には及ばない」
「そう。楽しみにしているわ」


 ミセリアの方も淡い笑みを浮かべ、軽く会釈をして立ち去っていく。
 がらんとした食堂で独り残ったソフィアは、ふと天井を見上げた。高い位置にある天窓からは煌々と陽光が差し込んでいる。
 思えば、この非日常はとても楽しいものだった。抱え込んできた悩みを忘れられるくらいには忙しかった。その分、とても満たされた日々だったように思う。
 今日で終わりか、と若干の寂寥が胸を吹き抜けていく。
 小さくため息をついて肩をすくめ、ソフィアもまた食堂から出て行った。


***


 ソフィアが訪れた頃には闘技場の熱気は凄まじいものとなっていた。
 観客は円形にずらりと据えられた席を埋め尽くすように座り、階下に見えるマグナロアの長と、対峙するシアルワの次期女王へと視線を注いでいる。

「ソフィア、こっち」

 彼女を呼び止めたのはレイだ。彼に着いて歩いて行くと、シャーンスの使者たちが陣取るスペースへと辿り着いた。一番前の特等席だ。
 その中でシャルロットが確保していた席がある。ソフィアのために空けておいてくれていたようだ。礼を言い、浅く腰掛ける。
 それと同時に周りから歓声が沸き出し、レイとシャルロットは一瞬肩を跳ねさせた。ソフィアは慣れているため無反応のまま階下を見下ろす。

「あ、ちょうど始まったね」

 レオナとミセリアが切り結んでいる様は、まるで剣舞でも見ているかのような気分にさせた。お互いの容姿が整っているせいもあるだろう。
 冷静に戦況を分析しつつ、ソフィアが視線で追うことにしたのはミセリアの方だ。
 決して強いというわけではない。レオナが本気を出せば恐らく勝つことはできない。訓練自体は小さい時から行っていたということは、城に滞在していた時に聞いたことがある。しかし、剣が描く軌跡や身のこなしを見る限り、その才能を使いこなせていないような印象を受けた。

(――でも)

 遠目からでも分かる。
 夜空色の髪を華麗に揺らす彼女の顔は、生き生きと輝いていた。
 戦闘というものは、劣勢になればなるほど自信を失い焦りがちだ。ミセリアは、実力こそレオナに追いついていないように見えるが、そこは他の者と違う。

「綺麗ね」

 希望に輝くかんばせを目の当たりにしているレオナはきっと、ソフィアと同じ事を考えているだろう。
 数分、十数分、時間がいくら経ったのかは分からないが、とにかくしばらく続いたやりとりは終わりを迎える。
 レオナの一撃を受け止めきれなかったミセリアの剣が空高く弾き飛ばされる。日の光を反射して輝くそれに人々が一瞬視線を奪われた瞬間だ。
 とどめに首筋へ剣の切っ先を添えようとしたレオナだが、その思惑は大きく外れた。
 武器がなくなったその刹那、ミセリアは退くことなく果敢にレオナへと迫る。自分へ迫る刃が頬を掠めようと腕で払いのける。もちろん衣装に傷がつき、腕からは鮮やかな赤が流れ始める。

「ちょ」

 ミセリアは握りしめた拳をレオナの眼前へ突き出した。
 一瞬とは言っても過言ではない出来事に、観客は呆気にとられ――そして沸き立った。
 レオナの剣は動揺にしてもなおミセリアの首筋へピタリと添えられ、ミセリアの拳はレオナの顔面すれすれで停止している。

 誰がどう見ても、引き分けだ。
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