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3章 紅炎の巫覡

11 聞き込み

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 ミセリアとケルタが部屋から出て行った後、応接室は静寂に包まれる。彼女に何かあろうと彼女自身が道を切り拓くだろう。万が一のことがあったとしても王家の使者もいる。特に心配することはない。
 お茶会の終わりを察し、最初に動き出したのは司書の男性だ。テーブルに置かれたお茶のセットをおずおずと片付け始める。
 シャルロットが手伝おうと動きだしたところで、ソフィアは男性に問いかけた。

「この部屋、少し見ていても良いかしら」
「え、あ、はい。どうぞ。僕、片付けたら後でまた来ますので……」
「私も手伝います」
「あ、ありがとうございます……」

 二人が盆を持って立ち去り、残るソフィアとレイはソファから立ち上がる。
 邪魔者が誰もいないことを良いことにソフィアは堂々と物色を始める。何かケルタを追い詰めるための物証、手がかりはないかと棚や引き出しを覗き込む。中に収められたのは表紙が折れた娯楽用小説、封の開いたお菓子、万年筆、後はガラクタ……。慌てて片付けたのか、乱雑に放り込まれていた。
 部屋の内装が美しいのに対し、隠れた場所は汚い。部屋の主の性格だろう。

「こっち、何もなかったよ」
「そう。……私、片付けの方を手伝いに行くかと思ったわ」
「お茶の片付けはそんなに時間かからないし、人数も要らないでしょ。勘だけど、あの人は優しい人だよ。それにさ、何か探す方に人数割いた方がいいなと思って」
「……ありがとう」

 事情はミセリアにしか話していないはずだ。ソフィアが何を探しているのかも分からないでいるのに、小さな事でも協力してくれようとする優しさが身に染みる。普段はのんびりしている風なのだが、こうして時折レイは何かを感じ取ってくれる。聡い子だ。
 ここまで来たら話さないわけにもいかない。手と視線は物色を続けつつこれまでの経緯を説明すれば、「なるほどね」とレイは頷く。

「一応ここは応接室――引き出しの中からして、あのケルタとか言う男のサボり部屋とも言えるかしらね。重要なものは書斎とかに隠されているのかしら。司書の人に頼んでみましょう。何度かお願いすればなんとか聞いてくれるかもしれないわ。聞かなくても入るけど」
「強引だね」

 ガチャリ。
 その時扉が開き、シャルロットと司書の男性が戻ってくる。手からは盆が消えており、片付けが最後まで終わったことを示していた。

「お待たせしました。それでは、皆さんご案内――」
「その前に名前を伺いたいのだけど」
「あ、はい。失礼しました。私はアルブと申します。この図書館唯一の司書でございます」
「こんなに広いのに、たった一人で?」
「えぇ。お恥ずかしながらお客様も来ないし、経済的にも厳しいので……人件費を削った結果でございます。なんとかなっているので大丈夫ですよ」
「そうなんですか……。その、お疲れ様です」

 司書アルブの言葉にソフィアは首を傾げた。

「その割にこの部屋には高級な品が多いようだけど。見る限り真新しいわ」
「ちょっとソフィア、それって失礼なんじゃ……」
「ごめんなさいシャルロット。少し事情があって。……それで、この調度品たちを売ってしまえば多少なりお金は工面できると思うのだけど。預かり物だとか、何か大事な物なの?」

 直球で問いかけてくるソフィアに対し、アルブは微塵も動揺することなく答えていく。

「いいえ。この部屋にある全てはケルタ様が買い集めたものです。少なくとも、先代の時にはありませんでしたから。売ればそれなりの価値があるでしょう」
「経済的にも厳しいのなら売っても良いような気がするわ」
「そうですね」
「あなたもそう思うのね」
「はい」
「……私、結構失礼な態度で失礼なこと聞いていると思うのだけど。素直に答えてくれるのね」
「事実ですから」

 淡々と答えているようで、その瞳は何かを訴えかけているように見える。
 そもそも、王家という客人を迎えるにあたって口止めをされないということがあるのだろうか。ケルタが頭の回らない馬鹿ならば話が早いのだが。

「私は、この時を待っていました。――炎姫様」
「……」

 その時、目の前でアルブが跪く。恭しく頭を垂れ、片手を胸に添える。そう、まるで姫に忠誠を誓う騎士であるように。

「私はこの目で見ました。貴女様が赤き炎をその身から生み出す姿を。伝承とはお姿が違いますが間違いありません、貴女こそが炎姫様だ」
「……あれ、見られていたのね。誰も居ないと思っていたのだけど」

 ルプスを追いかけていた時に見られたとしか考えられない。極力、外で能力を使うことは控えていたのだが、あの時ばかりは焦っていたのでその縛りもすっかり忘れていた。迂闊だったと言わざるを得ない。

「かつて、我々の先祖は炎姫様にお仕えする立場にありました。この豪雪地帯に炎姫様は聖なる炎をもたらし、我々を照らしてくださっていたのです。国が滅び、シアルワ領となった今も我々は姫様をお慕いしておりました。……その再来である貴女様に対し、何故偽ることができましょう?」
「再来、ね。大袈裟すぎると思うけれど。まぁ、ちょうど良かったわ。私たちも話を聞きたかったの。どうか教えてくれないかしら? ――この街の真相と、貴方の思惑を」
「仰せの通りに」

 アルブが語ったのは、ニクスの長を巡る問題だった。

 先代の長までは、ニクスは厳しい自然環境の中でも幸せに暮らしていた。そこに異変が訪れたのは、ケルタが長になった瞬間――ではなく、先代の長の時であったという。
 吹雪が荒れるある日、薄着のまま現れた男。長い耳と胸に埋まった深い緑の宝石。精霊ビエントだ。
 ビエントは神子の家系を探していたようだが、ニクスにその気配がないと分かるとすぐさま滅ぼそうとしたという。
 先代は無謀にも精霊に懇願した。どうかニクスを滅ぼさないでくれと。この命と引き換えにしても構わないと。
 ビエントはそれを聞いて、荒れ狂う魔力を収めた。そして先代に多額の金を要求した。今になって考えれば、あれも罰の一環だったのだ。豪雪地帯に貧困の民。生活が苦しくなる未来しか見えない。ビエントはそれを望んだ。
 先代はその要求を受け入れるしかなく、しばらくは身を削りながら金を工面したが――やがてその身は過労に耐えきれずに命を散らすことになった。その際、先代の息子であるアルブを押さえつけて表に現れたのはケルタだ。彼は精霊と先代の契約を知らず、長になれば悠々自適な生活が送れるのだと信じていた。
 それが、精霊との契約があると知るやいなや市民の税金を大きく引き上げ、税金を払えない大人達をどこかへと売り渡してしまった。子供たちもある程度大きくなればその組織へと売り渡す予定なのだという。

「……全ては、私が弱いせいなのです。精霊に対抗する手段もなく、ケルタの暴虐も止めることができず……私では現状を変えることが出来なかった。ですから、今が絶対の好機。炎姫様が現れた今、その威光をもってこの街に煙る影を払うのです」
「なるほど。貴方は先代の息子で、ニクスを救いたいと。そう思うのね?」
「はい。恐れながら、炎姫様のお力をお借りしたく……。そうだ、三日後、精霊ビエントがニクスを訪れます。どうか我らをお守りくださ」
「あの、ひとつ良いかしら」

 流れるように語り続けるアルブに向けて、話をやめるようジェスチャーで促す。
 このまま話を続けられる前に、ひとつ伝えなければならないことがある。

「精霊ビエントならもう来ないわよ」
「それは、どういう……」
「半年くらい前かしらね……。フェリクス王子が精霊ビエントと一対一で対話して、勝ったのよ。驚くことにね。おまけに、あの精霊がフェリクス王子に協力する姿勢を見せた。だから少なくともビエントは来ない。アクアとテラも、恐らくは」

 一瞬、空気が固まったかのような雰囲気が漂う。

「……………………う、うそだぁ」

 たっぷりの沈黙のあと、アルブは分かりやすく頽れたのだった。
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