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3章 紅炎の巫覡
23 紅炎の巫覡
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「おいていかないで……」
縋るような呟きが透明な雫とともにこぼれ落ちた時、セラフィの脳裏にある予感が波紋となって浸透していく。
自分の発作を見て動揺を顕わにした彼女。神子の呪い。このふたつを利用してしまおう。
口の端からまだ流れる鮮血を拭うこともせず、顔を上げてソフィアを捉える。
目の焦点が合っていない。このままでは、本当の意味で彼女の心が死んでしまいかねない。
その前に“アレ”をやってしまえば、少なくとも強制的な心の死は避けられるかもしれない。しかし、それは逆に彼女の心を壊しかねない行為でもあった。
逡巡。
決意。
セルペンスの治療の甲斐もあり、呼吸も楽になる。
ふぅ、と深呼吸を一回。それでもなお熱い肺を感じつつ、セラフィは視線を落とす。真っ白な床に広がる赤色。命の証を目の当たりにして次第に鼓動が高まる。胸を穿つ音が一回一回うるさかった。
「セルペンス。ひとつ頼みがあるんだけど」
「なに?」
「代わりに謝っておいてくれないかな。多分、すごく怒られることするから」
セラフィの傷を癒やしていた緑色の光が消えていく。
「怒られることって」
「これからのお楽しみ」
誰に、とは言わなかった。
虚をつかれて言葉を見失うセルペンスの、相変わらず細く骨張った肩を軽く叩いた。地面に転がっていた槍を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がる。
ふっと浮かべた笑みは静かなものだった。
「セラフィ」
「それじゃ、頼んだよ」
「……仕方のない奴」
長い黒髪を高く結っていた紐を無造作にほどいて捨てた。熱気に舞い上がる前髪をかき上げて、それからセラフィは声を張る。
「陛下!!」
「……あ、セラフィ」
「お待たせいたしました。後はお任せを。あ、そうそう」
それはまるで、「後でお茶でも持っていきますね」とでもいうような気軽さでセラフィは言う。
「貴方は貴方のなすべきことをどうか忘れないでください。――僕の、いえ、僕らの太陽」
地面を蹴った。後ろでフェリクスが何かを言っている声が聞こえるが、もう聞く気はない。
主君の話を無視するなど言語道断。しかし、大親友なのだ。この一回だけは許して欲しかった。そうでないと、揺らいでしまう気がしたから。
ソフィアから炎姫へと戻りつつある彼女へ、容赦なく槍を叩き込む。
先ほどは少し遠慮しがちだったが、もう容赦しない。
再び感情を閉ざした赤色の瞳が槍の軌道を正確に捉え、後退する。そこへ、槍のリーチを利用して大きく身体を回転させた。真横に軌跡を描き迫る穂先。咄嗟に黒剣で防いだ場所から黒白の火花が飛び散る。
炎姫は黒剣の柄を両手で掴み、ぐいと上へ持ち上げた。その勢いは女性とは思えぬほど強く、槍は上へと弾かれる。
一歩踏み込まれる。
のけぞった鼻の先を黒剣の切っ先がかすめた。ふわりと広がる黒髪の何本かが切れて宙を舞い散り、燃えて消える。
勢いのまま炎姫の腕めがけて蹴り上げ、そのまま後方回転。着地とほぼ同時にもう一度横殴りに槍を振り回す。
乱暴な戦い方だ。しかし、今度は手応えがある。
飛び散る赤と、砕ける宝石。
彼女の胸元に横一線の傷が走り、埋まっていた宝石を砕いたのだ。
美しい白磁の肌を傷つけてしまった罪悪感とともに自然と笑みが浮かぶ。これで、あとは“アレ”をやれば良い。
後でいくら謝っても許してもらえなさそうな、そんな“アレ”を。
つと視線をあげれば、血の他にも赤色が散らばる様子が視界に映り込む。
髪だ。炎姫の真っ赤な髪がざっくりと切れている。どうやら身を捻って攻撃を避けようとした時に、髪の一部まで切り落としてしまっていたらしい。腰まであった髪の、左側の一部は肩の下くらいにまで短くなっており、ざんばら髪のようになっている。
せっかく綺麗に伸ばしていた髪だったのに。余計に罪悪感が心に沈み込む。
痛みを感じていないのか、変わらぬ表情で体勢を立て直した炎姫は血に濡れた手で黒剣を持ち直し、もう一度迫る。
その攻撃を、セラフィは避けなかった。
真っ直ぐに突き出された黒剣が腹に沈む。痛いというよりは熱い。
え、とどこかで誰かが声を漏らした。
熱さでぶれる視線をどうにか彼女へ向けると、真っ赤な瞳が大きく見開かれる瞬間を写し取る。
完全に動きが鈍った。
この好機に、セラフィは槍を切っ先を彼女の薄い腹へと突き刺した。加減が出来たかは定かではない。
ぐらり、と傾ぐ身体を追いかけて、赤い頭を手で包み込む。倒れる際にぶつかってしまわないように、自らの手を犠牲に衝撃から守ってやる。
炎姫に覆い被さる形で頽れたセラフィは、体重が彼女にかかってしまわないよう上半身を起こす。
黒剣の切っ先を背から生やしたまま、腹からはどくどくと命の証が流れ、彼女の腹の傷へと滴り落ちていた。
セラフィの狙いはこれだった。
炎姫の攻撃を自ら食らうことで、彼女の隙を再び生み出す。そして、彼女の身体へセラフィの血を流すために彼女も傷つける。
炎姫は神子だ。それも、カルディナの唯一の直系だ。彼女以外に直系は存在しておらず、それはすなわち不死の呪いが発動していることと同義。
ならば、彼女は致命傷を負っても死なない。
ソフィアが忌み嫌っていた呪いと、彼女の本当の気持ち全てを踏みにじった最低最悪の作戦だった。なぜなら、セラフィには兄妹がおり不死の呪いは発動していない。黒剣は内臓にまでしっかり届き、最期に無理な動きをしたせいで傷が大きく広がってしまっていた。今はもう、意識を保つのも難しい。
炎が揺れる中、二人の紅炎の巫覡が重なりあい、血を溶かす。
「なん、で」
「ごめん、ソフィア。痛いだろうけど、我慢して」
彼女の腹に刺さった槍を引き抜いて投げ捨てる。長年の相棒だったが、もう使うことはない。
けほ、と生理的な咳がこみ上げる。口から飛び出た血が、ソフィアの頬を汚した。
「ごめん。残酷な方法で君の願いを穢してしまったね。――こんな僕を、どうか許さないでいて」
火の粉に混じり、金色の粒子がちらちらと瞬いた。血まみれの腕からそれらが発生しているのを見て、いよいよ限界が近づいていることが嫌でも分かる。
元々限界だったのだ。
発作だって、つい昨日来たばかりだった。このままでは一日おきどころか止まらなくなってしまっていたに違いない。そうだとしたら、息も出来ぬまま死ぬ。
それでは彼女へ、皆へ思いを伝えることが出来ないではないか。そんなのは嫌だ。
そう、これで良いのだ。
わなわなと震えているソフィアの頬についた血を拭う。
代わりに、白磁の肌に自分の血が跡になって残る。
「あいつを倒せなくて、ごめん。君の呪いを解けなくてごめん。何も力になってあげられなかった。助けるって言ったのに。約束、果たせなかった」
「ちが、う……」
「でも君は、幸せでいてほしい。誰も理不尽に苦しまなくても良い世界で、生きて欲しい。輝いてほしい」
「あ……」
死ぬのは、本当は怖い。やりたいことも沢山あった。
やっと再会できた兄妹たちと沢山触れ合いたかった。苦楽をともにした仲間たちの生活を感じていたかった。唯一と決めた主君と、その主君が選んだ人が作る未来を一緒に見ていたかった。
そこまでは言えなかった。
これはセラフィの自業自得だ。最悪で許されない行為をした罪人にその権利などない。そう思って、一時口を噤む。
そして懺悔の代わりに、祈りを口にする。
「……君が、もう一度、ちゃんと笑えますように」
***
発光していた彼の身体から、ふいに力が抜ける。
しかし、真下にいたはずのソフィアは重さを感じることができなかった。
互いの身体が触れ合う直前、霧散していくその身体。
金色の光が彼という存在を連れ去ってしまう。命の輝きが、天高く消えていく。
無我夢中で腕を伸ばした。助けたいと願ったその命の一欠片でも留められればと思った。
――それが叶うわけもなく。真っ赤に濡れた指先を、光はするりとすり抜けていく。哀しいくらいに、綺麗な光景だった。
「……いやだ」
ひとつ、伝えなきゃいけないことがあったのに。
人として当たり前の言葉。これまでずっと気にかけてもらっていた。助けてもらったのも事実だ。それに対する言葉を言うべきだった。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
口から溢れるのはそんな逃避する言葉だけで。
神器も壊れ、イミタシアの代償も綺麗さっぱり消えた今、感情は残酷なほどに膨らみ続ける。自分が何を口走っているかも理解できないほどに、後悔と逃避と絶望と何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合った何かが喉の奥から絞り出された。
「あぁ、ああぁああぁぁああああぁ」
血を流しすぎた身体は意識を保つことを許さない。
このまま死ねればどんなに良かったことか。ソフィアは死んで逃げることが出来ない自分の運命を、これまでの人生の中で最も強く呪った。
視界も心も意識も漆黒に沈んでいく中、どこか冷静な声が自分に語りかけた。夢で何度も見たもう一人の自分が、いつもの微笑みを消して無感情に唇を動かした。
『――あなたが、彼を殺したの』
***
炎姫が意識を失うと同時に、物を燃やさぬ不可思議な炎は自然と鎮火していく。
そしてまた、女王の家臣もまた役目を終えてくずおれた。けたたましい音をたてながらただの甲冑と化した物を怪訝に見下ろし、次いでイミタシアたちは顔を見合わせる。
こうして神のゆりかごに、嫌な静寂が再び訪れた。
縋るような呟きが透明な雫とともにこぼれ落ちた時、セラフィの脳裏にある予感が波紋となって浸透していく。
自分の発作を見て動揺を顕わにした彼女。神子の呪い。このふたつを利用してしまおう。
口の端からまだ流れる鮮血を拭うこともせず、顔を上げてソフィアを捉える。
目の焦点が合っていない。このままでは、本当の意味で彼女の心が死んでしまいかねない。
その前に“アレ”をやってしまえば、少なくとも強制的な心の死は避けられるかもしれない。しかし、それは逆に彼女の心を壊しかねない行為でもあった。
逡巡。
決意。
セルペンスの治療の甲斐もあり、呼吸も楽になる。
ふぅ、と深呼吸を一回。それでもなお熱い肺を感じつつ、セラフィは視線を落とす。真っ白な床に広がる赤色。命の証を目の当たりにして次第に鼓動が高まる。胸を穿つ音が一回一回うるさかった。
「セルペンス。ひとつ頼みがあるんだけど」
「なに?」
「代わりに謝っておいてくれないかな。多分、すごく怒られることするから」
セラフィの傷を癒やしていた緑色の光が消えていく。
「怒られることって」
「これからのお楽しみ」
誰に、とは言わなかった。
虚をつかれて言葉を見失うセルペンスの、相変わらず細く骨張った肩を軽く叩いた。地面に転がっていた槍を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がる。
ふっと浮かべた笑みは静かなものだった。
「セラフィ」
「それじゃ、頼んだよ」
「……仕方のない奴」
長い黒髪を高く結っていた紐を無造作にほどいて捨てた。熱気に舞い上がる前髪をかき上げて、それからセラフィは声を張る。
「陛下!!」
「……あ、セラフィ」
「お待たせいたしました。後はお任せを。あ、そうそう」
それはまるで、「後でお茶でも持っていきますね」とでもいうような気軽さでセラフィは言う。
「貴方は貴方のなすべきことをどうか忘れないでください。――僕の、いえ、僕らの太陽」
地面を蹴った。後ろでフェリクスが何かを言っている声が聞こえるが、もう聞く気はない。
主君の話を無視するなど言語道断。しかし、大親友なのだ。この一回だけは許して欲しかった。そうでないと、揺らいでしまう気がしたから。
ソフィアから炎姫へと戻りつつある彼女へ、容赦なく槍を叩き込む。
先ほどは少し遠慮しがちだったが、もう容赦しない。
再び感情を閉ざした赤色の瞳が槍の軌道を正確に捉え、後退する。そこへ、槍のリーチを利用して大きく身体を回転させた。真横に軌跡を描き迫る穂先。咄嗟に黒剣で防いだ場所から黒白の火花が飛び散る。
炎姫は黒剣の柄を両手で掴み、ぐいと上へ持ち上げた。その勢いは女性とは思えぬほど強く、槍は上へと弾かれる。
一歩踏み込まれる。
のけぞった鼻の先を黒剣の切っ先がかすめた。ふわりと広がる黒髪の何本かが切れて宙を舞い散り、燃えて消える。
勢いのまま炎姫の腕めがけて蹴り上げ、そのまま後方回転。着地とほぼ同時にもう一度横殴りに槍を振り回す。
乱暴な戦い方だ。しかし、今度は手応えがある。
飛び散る赤と、砕ける宝石。
彼女の胸元に横一線の傷が走り、埋まっていた宝石を砕いたのだ。
美しい白磁の肌を傷つけてしまった罪悪感とともに自然と笑みが浮かぶ。これで、あとは“アレ”をやれば良い。
後でいくら謝っても許してもらえなさそうな、そんな“アレ”を。
つと視線をあげれば、血の他にも赤色が散らばる様子が視界に映り込む。
髪だ。炎姫の真っ赤な髪がざっくりと切れている。どうやら身を捻って攻撃を避けようとした時に、髪の一部まで切り落としてしまっていたらしい。腰まであった髪の、左側の一部は肩の下くらいにまで短くなっており、ざんばら髪のようになっている。
せっかく綺麗に伸ばしていた髪だったのに。余計に罪悪感が心に沈み込む。
痛みを感じていないのか、変わらぬ表情で体勢を立て直した炎姫は血に濡れた手で黒剣を持ち直し、もう一度迫る。
その攻撃を、セラフィは避けなかった。
真っ直ぐに突き出された黒剣が腹に沈む。痛いというよりは熱い。
え、とどこかで誰かが声を漏らした。
熱さでぶれる視線をどうにか彼女へ向けると、真っ赤な瞳が大きく見開かれる瞬間を写し取る。
完全に動きが鈍った。
この好機に、セラフィは槍を切っ先を彼女の薄い腹へと突き刺した。加減が出来たかは定かではない。
ぐらり、と傾ぐ身体を追いかけて、赤い頭を手で包み込む。倒れる際にぶつかってしまわないように、自らの手を犠牲に衝撃から守ってやる。
炎姫に覆い被さる形で頽れたセラフィは、体重が彼女にかかってしまわないよう上半身を起こす。
黒剣の切っ先を背から生やしたまま、腹からはどくどくと命の証が流れ、彼女の腹の傷へと滴り落ちていた。
セラフィの狙いはこれだった。
炎姫の攻撃を自ら食らうことで、彼女の隙を再び生み出す。そして、彼女の身体へセラフィの血を流すために彼女も傷つける。
炎姫は神子だ。それも、カルディナの唯一の直系だ。彼女以外に直系は存在しておらず、それはすなわち不死の呪いが発動していることと同義。
ならば、彼女は致命傷を負っても死なない。
ソフィアが忌み嫌っていた呪いと、彼女の本当の気持ち全てを踏みにじった最低最悪の作戦だった。なぜなら、セラフィには兄妹がおり不死の呪いは発動していない。黒剣は内臓にまでしっかり届き、最期に無理な動きをしたせいで傷が大きく広がってしまっていた。今はもう、意識を保つのも難しい。
炎が揺れる中、二人の紅炎の巫覡が重なりあい、血を溶かす。
「なん、で」
「ごめん、ソフィア。痛いだろうけど、我慢して」
彼女の腹に刺さった槍を引き抜いて投げ捨てる。長年の相棒だったが、もう使うことはない。
けほ、と生理的な咳がこみ上げる。口から飛び出た血が、ソフィアの頬を汚した。
「ごめん。残酷な方法で君の願いを穢してしまったね。――こんな僕を、どうか許さないでいて」
火の粉に混じり、金色の粒子がちらちらと瞬いた。血まみれの腕からそれらが発生しているのを見て、いよいよ限界が近づいていることが嫌でも分かる。
元々限界だったのだ。
発作だって、つい昨日来たばかりだった。このままでは一日おきどころか止まらなくなってしまっていたに違いない。そうだとしたら、息も出来ぬまま死ぬ。
それでは彼女へ、皆へ思いを伝えることが出来ないではないか。そんなのは嫌だ。
そう、これで良いのだ。
わなわなと震えているソフィアの頬についた血を拭う。
代わりに、白磁の肌に自分の血が跡になって残る。
「あいつを倒せなくて、ごめん。君の呪いを解けなくてごめん。何も力になってあげられなかった。助けるって言ったのに。約束、果たせなかった」
「ちが、う……」
「でも君は、幸せでいてほしい。誰も理不尽に苦しまなくても良い世界で、生きて欲しい。輝いてほしい」
「あ……」
死ぬのは、本当は怖い。やりたいことも沢山あった。
やっと再会できた兄妹たちと沢山触れ合いたかった。苦楽をともにした仲間たちの生活を感じていたかった。唯一と決めた主君と、その主君が選んだ人が作る未来を一緒に見ていたかった。
そこまでは言えなかった。
これはセラフィの自業自得だ。最悪で許されない行為をした罪人にその権利などない。そう思って、一時口を噤む。
そして懺悔の代わりに、祈りを口にする。
「……君が、もう一度、ちゃんと笑えますように」
***
発光していた彼の身体から、ふいに力が抜ける。
しかし、真下にいたはずのソフィアは重さを感じることができなかった。
互いの身体が触れ合う直前、霧散していくその身体。
金色の光が彼という存在を連れ去ってしまう。命の輝きが、天高く消えていく。
無我夢中で腕を伸ばした。助けたいと願ったその命の一欠片でも留められればと思った。
――それが叶うわけもなく。真っ赤に濡れた指先を、光はするりとすり抜けていく。哀しいくらいに、綺麗な光景だった。
「……いやだ」
ひとつ、伝えなきゃいけないことがあったのに。
人として当たり前の言葉。これまでずっと気にかけてもらっていた。助けてもらったのも事実だ。それに対する言葉を言うべきだった。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
口から溢れるのはそんな逃避する言葉だけで。
神器も壊れ、イミタシアの代償も綺麗さっぱり消えた今、感情は残酷なほどに膨らみ続ける。自分が何を口走っているかも理解できないほどに、後悔と逃避と絶望と何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合った何かが喉の奥から絞り出された。
「あぁ、ああぁああぁぁああああぁ」
血を流しすぎた身体は意識を保つことを許さない。
このまま死ねればどんなに良かったことか。ソフィアは死んで逃げることが出来ない自分の運命を、これまでの人生の中で最も強く呪った。
視界も心も意識も漆黒に沈んでいく中、どこか冷静な声が自分に語りかけた。夢で何度も見たもう一人の自分が、いつもの微笑みを消して無感情に唇を動かした。
『――あなたが、彼を殺したの』
***
炎姫が意識を失うと同時に、物を燃やさぬ不可思議な炎は自然と鎮火していく。
そしてまた、女王の家臣もまた役目を終えてくずおれた。けたたましい音をたてながらただの甲冑と化した物を怪訝に見下ろし、次いでイミタシアたちは顔を見合わせる。
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